韓国の民主化を描いた素晴らしい韓国映画を見た。映画としてよく出来ているなあと感嘆の念を覚えながら見続け、最後に至るや、その圧倒的なラストシーンには胸熱くなる。
そう感じたのは私だけではなかったらしく、公開2日目、新宿の劇場では上映後拍手が起きた。
その後も、お隣の国の韓国の姿に照らして、今の日本を生きる我々はどうあるべきかという様々な思いが誘発される。そんな映画に出会うことはなかなかない。
この映画「1987、ある闘いの真実」は1961年から続いた軍部独裁政権を終わらせた市民や学生の民主化運動の発端と広がりを、事実に基づきフィクションを交えて描いている。
素晴らしいのは何と言っても脚本だろう。様々な人物――治安本部の対共分室所長、地検の検事、新聞記者、刑務所看守、民主運動家などが登場する群像劇であるが、皆上手く描き分けられそれぞれに見せ場がある。しかも、その一人一人が優に主役を張れるような人気・実力を持った役者が演じている。シリアスな内容とは別に、あっ、名優のソル・ギョング(「ペパーミント・キャンディ」)が出ている、おっ、若手人気俳優カン・ドンウォン(「私たちの幸せな時間」)もこんな役で出ていると、楽しみながら見られるのだ。
脚本の最大の功績だと思うのはフィクション部分が現実のドラマから少しも浮いていないことだ。
これまで「民主化運動」を描く映画の多くにはずっと不満があった。例えば光州事件を描く「光州5・18」「タクシー運転手」では、スーパーヒーローが登場し大活躍したり、あるいは派手なカーチェイスが出てきたりと、あり得ぬ嘘っぱちの話になってしまい白けることが多かったが、この「1987、ある闘いの真実」はそれが全くない。生身の普通の人物がそれぞれ自分の出来る範囲で精一杯の力を尽くしてゆく。そこがいい。
もうひとつ、脚本でストーリー運びの上手さに唸った部分がある。途中から延世大(日本で言えば慶応のような大学)の民主化運動のリーダーに淡い恋心を抱く、入学したばかりの女の子が登場する。彼女の存在は緊迫感溢れる映画の言わばオアシス的部分を担うかと思いきや、彼女こそがまた大きくドラマの進展に関わってゆく。ここはお見事と言いたいくらい。
ラスト、その彼女が目の当たりにする(すなわち、あれは私たちも目撃しているのだ)シーンの素晴らしいことと言ったら。もう、久しぶりに心が高揚した。そのシーンのカメラワークもいい。ここを書きたいが、ぐっと控える。是非、御自身の目で「目撃」されて欲しいと思う次第だ。
この映画は昨年公開され韓国でもかなりのヒットをした。人口約5000万中、720万の観客を集めている。日本でもこの映画が、口コミで広がってほしいと願う。「ぴあ映画生活」によれば、9月7日・8日公開の映画の中で「初日映画満足度ランキング」では、93.2点の高得点で第一位になっている。
さて、映画から離れるが、映画に触発されて色々と日本や韓国の政治状況を考えてしまう。もちろん、韓国と日本の単純な比較は出来ない。しかし、韓国のように民主主義を市民自らが勝ち取った場合と、日本のように、「勝ち取った」のではなく「もたらされた」場合では、自然と国民の政治意識の差が出て来てしまうのではないか。ローソクを持ったデモでパク政権を倒したことも記憶に新しい。もちろん、大統領を直接選ぶか、そうでないかの違いもあるだろうが、日本は政治意識が低すぎるのではないか、と思ってしまう。
好きな映画をもう1本!
「1987、ある闘いの真実」で重要な役を演じるのは警察の所長のキム・ユンソクと検事のハ・ジョンウだ。この二人が初めて共演した2008年の作品「チェイサー」がまた力作だ。
ソウルで実際に起きた連続殺人事件を追う刑事と犯人の緊迫のドラマだ。映画の描写力に圧倒される。この映画によってキム・ユンソクは大ブレイクした。
ただ、韓国映画ならではのエグく執拗な残酷シーンも多いので、観客によって好みが分かれるかもしれない。
(by 新村豊三)