キム・ギドクの新作「The NET:網に囚われた男」

新年早々凄い韓国映画を見た。韓国の鬼才監督キム・ギドク「The NET:網に囚われた男」だ。
北朝鮮の平凡な漁師が小船のエンジンの故障で38度線を越えて南に来てしまい捕らえられる。南は彼にスパイの嫌疑をかけ暴力をふるい、また一方で南に亡命させようと強制したり誘導を行ったりする。人間の尊厳が奪われながらも男は北に妻子がいて耐えようとする。

「The NET 網に囚われた男」監督:キム・ギドク 出演:リュ・スンボム キム・ヨンミン

「The NET 網に囚われた男」監督:キム・ギドク 出演:リュ・スンボム キム・ヨンミン

自分の意志で脱北する人々を描く韓国映画は何本か見てきた。この映画は偶然南に来てしまった男の話だ。そこが面白い。グイグイと、かつ残酷に展開する話に目が離せなくなる。例えば、物に溢れる華やかな都市ソウルの街を見せれば亡命の気持ちが生まれるのではないかと南側はあちこち男を連れまわす。それに対して男は、もし街を見たら北に帰国したとき逆にスパイと疑われるかもしれないと目をつむり耳を塞ぎ一切の情報を遮断しようとする。そして、彼は一人行動し始めることになるのだが。

北の漁師ナムの人間としての強さ、家族の元に帰ろうとする必死さ、他人に対してとる行為の素朴なヒューマンさには心動かされた。演じた役者リュ・スンボムが素晴らしい。また、執拗に追求する韓国側の若手の捜査官役のキム・ヨンミンもいい。北も南も無い、これほど人間としての醜悪さが出た人物もないだろう。

韓国に住んだこともある私は距離を置いてこの映画を見られない。人間ナムに哀しさを感じたほどだ。分断の事実の重みを改めて感じるが、こういう誰も思いつかないであろう他に類を見ない話を作るキム・ギドクの才能には脱帽だ。

「約束」監督:アン・パンソク 出演:チョ・イジン チャ・スンウォン

監督:アン・パンソク 出演:チョ・イジン 【amazonで見る】

☆     ☆     ☆     ☆

自分の意志で脱北した者を描く映画に「約束」という佳作がある。約10年前にソウルの劇場で見た。日本公開は翌年で全く評価されなかった。
若い男が恋人を平壌に残して脱北するが、恋人はついに脱北を果たせない。韓国に来て何かと世話をしてくれる料理屋の年上の女性を段々と好きになり、北の恋人は忘れられてゆく。
こう書いているとベタな感じがするが(実際そうなのだが)、平壌なまりで丁寧にきちきちっと話す清楚な佇まいの女性が良かった切ない悲恋物語だ。
音楽の演奏会や遊園地に行ったりする普通の(?)市民生活も描かれていた。
余談だが、渋谷のTSUTAYAにDVDが置いてあり感激した。

☆     ☆     ☆     ☆

『魚と寝る女』 監督:キム・ギドク 出演:ソ・ジョン パク・ソンヒ

監督:キム・ギドク 出演:ソ・ジョン パク・ソンヒ 【amazonで見る】

 さて、好きな映画をもう一本。キム・ギドクの映画の中で一番好きな映画は「魚と寝る女」だ。韓流が始まる以前2001年にキム・ギドクって誰?という状態で池袋の劇場で見て驚いた。韓国にもこんな「作家性」の強いアート的な映画、しかもスクリーンに男と女が生々しく存在しゾクゾクさせる映画があるんだと初めて知った。

こんな映画だ。広い湖に小さく粗末な小屋が浮き輪に乗って幾つか点在して浮かんでいる。遊びに来た男達がそこに泊まりながら釣りをする。岸から若い物憂げな女が船外機付きの小船を出して餌やら雑貨などを客に届けその代金を得て生活している。彼女は、時折、喫茶店からの若い女たちも小屋に運んでいく。女たちは小屋に入り客に魔法瓶に入ったコーヒーを届けて、時に体も売る。

構図や照明も含めて風景の撮影が素晴らしい。例えば、朝、霧が立ち上がる中を走ってゆく小船を捉えた映像がとてもいい。暴力的で怒鳴る男や体を売る女などが出てくる純正韓国映画なのに映像はヨーロッパ的なのだ。

主人公の女は言葉を一言も発しないでミステリアス。しかし存在感がある。事情があって都会から逃げてきたらしい釣り客の男と次第に関わってゆく。そこからある犯罪へと繋がる。

静かな映画だが描写はリアルだ。途中、男も女も釣り針で体を傷つけるシーンがあるが、その生理的痛みが見る側に伝わってくるほどだ。韓国映画異色の一篇としてお勧めしたい。

(by 新村豊三)

ホテル暴風雨にはたくさんの連載があります。エッセイ・小説・マンガ・育児日記など。ぜひ一度ご覧ください。<連載のご案内> <公式 Twitter

スポンサーリンク

フォローする