ここ数年、ナチやヒトラーを題材にした映画の公開が相次ぐ。昔からナチ・ヒトラー物は何となく怖くて忌避する傾向にあったのだが、最近の作品は映画としてかなり面白い上に知らなかったことが色々と分かるので、今はむしろ積極的に見たいと思っている。移民排斥や右傾化も見られる現在のヨーロッパの理解にも役立つかもしれない。
因みに昨年見た映画を製作された国名を入れて列挙すると、「黄金のアデーレ 名画の帰還」(イギリス)、「フランス組曲」(イギリス・フランス・ベルギー)、「サウルの息子」(ハンガリー)、「帰ってきたヒトラー」(ドイツ)、「栄光のランナー/1936ベルリン」(アメリカ)、「手紙は憶えている」(カナダ・ドイツ)だ。
例えば「黄金のアデーレ」は戦時中ナチに奪われたクリムトの名画をウイーン出身の現代アメリカ人女性が裁判で奪還する話、「フランス組曲」は占領地のフランスでナチの将校と地元のフランス人の人妻が互いに惹かれていく話、「サウルの息子」はアウシュビッツでユダヤ人のガス室送りに直接関わり死体を処理していく男の話というように、娯楽の要素もある映画もあれば全く陰鬱で即物的で救いの無い映画まで実に多岐に渡り、しかしそれぞれが映画として質の高い作品ばかりだった。
他にも未見の作品があって全体として相当な数だ。同じ敗戦国の日本と比べるとその差が際立つだろう。日本は昨年は戦争映画の実写が一本も無かった。戦争関連で主だったものはアニメの「この世界の片隅に」とドキュメンタリーの「いしぶみ」(連載第4回で紹介)だけだ。
何故ヨーロッパでナチ・ヒトラー映画が沢山作られているのか。その理由は戦後70年経ち戦争を直接体験した人が段々いなくなって映画に残して記憶を引き継がねばならない意識が強いからだろう。
また、04年の「ヒトラー最期の12日間」という映画が、それまでは歴史上の絶対悪で人間性を持った存在として描かれてこなかったヒトラーを正面から描いたことで、タブーが無くなりヒトラーを描く映画が増えたとも指摘されている。この作品は「ベルリン天使の詩」などにも出演したドイツ人俳優ブルーノ・ガンツが彼を繊細に演じた優れた映画だった。
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さて好きな映画をもう一本、最近DVDで見て驚いた15年日本公開の「顔のないヒトラーたち」を紹介したい。1963年にドイツ国内で、自分たちでアウシュヴィッツ裁判を起こしたフランクフルト在住のフリッツ・バウアー検事総長を含めた検事たちの努力を追う実話を基にした映画だ。
映画で初めて知ったことだが、「自分たちで」というのは、ドイツは戦勝国によって「ニュルンベルク裁判」で裁かれているが、ユダヤ人の虐殺については自分達で犯罪・非人道的行為を追及し弾劾し徹底的に暴きその行為を反省したのである。
驚くのは、1958年当時ドイツ国民のほとんどがアウシュヴィッツでどんなことが行われていたか知らなかったという事実だ! また、当時権力を握る者に元ナチがいて、裁判のための調査を進める者たちに圧力が掛かっていたことも初めて知った。
この映画がいいのは、主人公である若い検事が単純に正義を振りかざすのでなく身内にもナチ協力者がいて自らも悩む点(主人公は実在の数名の検事を組み合わせたとのこと)、また娯楽映画のように恋の行方も描かれる点だ。それからドイツの50年代後半の時代の雰囲気が画面に上手く出ているのもいい。
それにしても、アウシュヴィッツで医者が子ども達に生体実験をした事実が話される箇所などは相当にこちらも苦しい気分になり、多分初めてだと思うが、DVDなので映画を止めて少しアルコールを呷ったりして気を落ち着かせてまた臨んだくらいだった。
(by 新村豊三)