今は明るい気分になる映画が見たい。「ファーザー」と「アメリカン・ユートピア」

全国でワクチン接種が続いている。私も65歳を越えた高齢者であり、何とか地元で第一回目の接種を受けた10日後に都心の渋谷の劇場で見たのが、話題の英国映画「ファーザー」であった。

「ファーザー」監督:フロリアン・ゼレール 出演:アンソニー・ホプキンス オリビア・コールマン他

監督:フロリアン・ゼレール 出演:アンソニー・ホプキンス オリビア・コールマン他

認知症が出始めている高齢者とその家族を描く作品で、主演の84歳のアンソニー・ホプキンスが、この作品で2回目のアカデミー賞主演男優賞を受賞した。
しかし、正直言って、コロナ禍で、劇場に行くのもためらわれ映画館で観る本数も激減した現在、遠い都心の映画館まで行って見る価値があっただろうか。

ロンドンのかなり広いフラット(日本のマンションに相当)で1人暮らしをするアンソニー(役名もアンソニーなのだ)は記憶が消えたり、長女と次女を間違えてしまったりする認知症の症状が出始めている。心配する長女は、新しい恋人とパリに行って暮らすために、父親を施設に入れるか迷っている。
これまでは、認知症を描く映画の場合は認知症を持つ者に振り回され苦労する家族の視点から描かれていたが、この映画は認知症を持つ者の視点から描いている。例えば、今日会った同じ介護者が翌日は全くの別人に変わってしまう。アンソニーには記憶が残っておらず、混乱するばかりである。
見終わって救いがないなあと思う。敢えて書かないが、この終わり方かあと嘆息する。「認知症でもいいじゃない、認知症は素晴らしい」という発想で映画が作られないものだろうか。

アンソニー・ホプキンスが上手いのは当たり前で(?)、今更褒める必要もないだろう。この映画で光るのは長女役をやったオリヴィア・コールマンだった。一生懸命に親を介護するのに、父親には、次女の方が可愛いとか好きだとか言われ、微妙に傷つく感じを巧みに出している。人間って辛いなあ、と思う。
彼女は3年前「女王陛下のお気に入り」でエリザベス女王を演じて主演女優賞を受賞したが、やはり実力派、演技が的確。

今は、見終わって心がほぐれたり明るい気分になったりする映画の方がいいのではないか。

では、一本、そんな映画を紹介したい。「アメリカン・ユートピア」という、ニューヨークのブロードウェイでのバンドの公演を映した記録映画が良かった。

「アメリカン・ユートピア」監督:スパイク・リー 出演:デビッド・バーン ジャクリーン・アセベド他

監督:スパイク・リー 出演:デビッド・バーン ジャクリーン・アセベド他

以前「トーキング・ヘッズ」というロックバンドで活躍していたデヴィッド・バーンが、他の11名のメンバーと、シンプルな四角の舞台で音楽を演奏し、歌い踊る。
出て来るメンバーが、皆、グレイのスーツを着て、しかもなぜか裸足で(これがえも言われず、いいのだ)、何人かはギターやパーカッションなどの楽器を持って、楽器にコードが付いてないので自由に動きまわる。この、カッコつけない、親しみのある、リラックスした感じは何とも言えず心地よい。

まず、最初の20分ほどが中々面白い。ロマンスグレーのバーンは、人間の脳みその模型を手にもって、脳が一番いろいろなことを純粋に吸収するのは幼い時で、段々に、汚されていく、といったことを、真面目な顔をして、科学者のように哲学者のように歌っていく。自分の体がいつの間にか、音楽に合わせてリズムを取っているのに気づく。
正直、真ん中は残念ながら単調でダレてしまった。歌詞が、今一つ自分にピンと来なくて隔靴掻痒の感を抱いたのだ。
しかし、ラスト30分がまた凄く盛り上がる。これがアメリカ社会事情の反映かと思うが、「選挙に行こう」と歌って政治的メッセージを伝える。
圧倒されたのは、「Hell You Talmbout」(「一体何を話してるんだ」の意)の歌で、警官に発砲されたりして亡くなった10数名の黒人の男女の名前を一人ずつ言って、「彼の名前を言え」「彼女の名前を言え」と歌い続けるシーンだ。その亡くなった黒人の遺影が一人ひとり映る(ここだけは、ショーでなくて、黒人監督スパイク・リーの演出ではないかと思われる)。カメラも、ここぞとばかり、演奏者たちにグッと寄って迫力が出る。

最後は、皆がステージから客席に降りて、観客の中を演奏しながら歩いていく。観客も興奮して演奏者たちと一体化している。
それで終わるかと思ったら、その後がまたいいのだ。普段着の私服に戻ったバーンたちは、建物の出口から出て、ヘルメットをかぶり、自転車に乗りニューヨークの街を颯爽と駆け抜けていく。カッコいい。ここ良かったなあ。
私には音楽の素養があまり無くて、この映画の良さを全て分かったわけではないが、解放感を感じることが出来た。見て損はない映画だ。

(by 新村豊三)

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