日本映画界で80歳を超えてなお、今だに現役で映画に出演を続け(時に主役)精力的活動を行っているのは仲代達矢さん唯一人ではなかろうか。60年を超える役者人生の歴史はそのまま日本映画史に重なる歴史の生き証人だ。もう人間国宝と言っていいのではないか。
黒澤明監督の「用心棒」「椿三十郎」「天国と地獄」、成瀬己喜男監督の「女が階段を上がる時」、木下恵介監督「永遠の人」、岡本喜八監督「殺人狂時代」、舛田利雄監督「二百三高地」、神山征二郎監督「ハチ公物語」、阪本順治監督「座頭市THE LAST」などなど、傑作秀作は枚挙にいとまがない。
仲代氏のお姿を拝見し話を聞いたことが一度ある。2014年に湯布院映画祭で、岡本喜八と組んだ映画が上映された時のことだ。
氏は自分が主演した映画3本(「斬る」「殺人狂時代」「大菩薩峠」)を観客と一緒に会場でご覧になった。これだけでも結構肉体的にハードだと思うが、その後、ファンとの話し合いが持たれ、何と、ずっと立ったまま、トークをされた!
齢80を超えてこの気力、体力の充実振りには心底驚嘆させられた。しかも、司会の質問に対して映画撮影のエピソード、監督評、役者仲間の思い出、日本映画界への想いなどなど、昨日のことのように、止まることなく滔々と笑いを交えてにこやかに話を続けられるのだった。「人間仲代達矢」をいっぺんに好きになったのは言うまでもない。
余談だが、その時その場で、中高年の女性が、40年ほど前、ご自分が女子大生の頃、大学の文化祭で映画「切腹」の上映会を開き仲代氏に参加をお願いしたところ快く来て頂いたことがあり、その時のお礼を申されるという一幕もあった。映画ファンなら誰もがジンと来る出来事で、あの会はとても親密で楽しい時間だった。因みに、翌日、仲代氏はこの方に「お互い年を取りましたね」と声を掛けられたということだ。
さて、仲代さん主演の「海辺のリア」という映画が現在公開中だ。
認知症になった元俳優が、施設を抜け出し裸足でスーツケース一つを引きずり海辺をさまよい歩くシーンから始まる。残念ながら、物語全体としては老人問題、認知症問題について描かれたこれまでの映画の域を超えておらずやや退屈だ。しかし、この老人が仲代さんご自身に重なるところがあり、不思議な味わいを出している。
たとえば、海辺でシェイクスピアの「リア王」の台詞を朗々と諳んじ、また、車の中で、役者を志した理由(それは「素晴らしき哉、人生!」というアメリカ映画に感動したからだ)を柔和な表情で懐かしそうに語ったりするシーンはなかなか魅力的なのだ。
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さて、好きな映画をもう一本! 氏の最高傑作は小林正樹監督と組んだ「人間の條件」と「切腹」だろう。甲乙つけ難いが、今回は「切腹」を紹介したい。
頃は江戸時代の初め、井伊家の上屋敷に一人の浪人が現れる。切腹自殺をしたいので場所を貸してほしいと申し出る。一種のたかりだが、屋敷の御白州の場所で、浪人はある事情を話し始める。以前、彼の知り合いの若い息子がその屋敷でむごい仕打ちにあったことが段々に分かっていく。
その浪人を若き仲代氏が演じ、彼と相対する藩の家老を、これまた日本映画の名優三國連太郎が演じている。ラストは凄絶な斬りあいになる。
封建制度の非人間性を強烈に糾弾した重厚な作品だ。この映画の緊迫感はなまなかではない。モノクロ画面で音楽は武満徹。日本映画黄金時代に精魂込めて作られた最良の一本だ。
(by 新村豊三)