私の昨年の邦画のマイベストは「彼らが本気で編む時は、」であり2位は「ビジランテ」だった。
先日発売になったキネマ旬報2017年ベストテン号によると前者は10位、後者は11位にランキングされていた。私のマイベストは何故か10位や11位あたりに来ることが多いが、この二本の作品はもっと評価してもらいたかったなあ。
「ビジランテ」の監督は、入江悠という日大芸術学部出身のまだ38歳の俊英だ。
彼の代表作は「SR サイタマノラッパー」シリーズ。全3部作だが、私が初めて見たのは2012年に劇場公開された3作目の「SR サイタマノラッパー ロードサイドの逃亡者」だった。あまりの面白さに圧倒されその年のマイベストにしている(因みに、これもキネ旬で11位)。
続けてDVDで第1作「SR サイタマノラッパー」(2009)、第2作「SR サイタマノラッパー2 女子ラッパー☆傷だらけのライム」(2010)を見たが、これも面白い。
入江監督は埼玉県深谷市の出身で、「サイタマノラッパー」シリーズは深谷(きっと現代日本の地方都市の典型だろう)を舞台にした、金はないが夢と情熱はある若者たちがラップバンドを結成しようとする、その奮闘の物語である。
第3作を見た劇場は杉並区にある下高井戸シネマ。夜の上映には監督を始め俳優やスタッフが何と15人も参集して舞台に上がり、その姿は壮観だった。主役のマイティを演じた奥野瑛太が「シモタカイドー、今夜はテンション タカイド―」とラップで挨拶したのを覚えている。
この映画、今の時代の地方を描いた映画で最高の一本と言いたい。ストーリーも良く練られているがユーモアもあり、ラップもいいし、長廻しの撮影が効果的でまたいいのだ。
入江は、大学の先輩である深作欣二ばりの激しいドラマを、巨匠溝口健二の長廻しでやっている、という面白い指摘をする批評家もいる。この映画でも、フェスティバル会場の長廻し、刑務所でのラップが圧倒されるほど良かった。
詳述するスペースがないが、女の子のラッパーを描く第2作もとても好きだ。家業のコンニャク屋を手伝いながらラッパーを目指す山田真歩、その友人の安藤サクラなど、元気がいい女の子が沢山出てきて、愛おしくも忘れ難い。
さて、「ビジランテ」だ。これも深谷を舞台にした、土地と血縁のしがらみにあえぐ3兄弟のドラマだ。大型商業モール建設の話が持ち上がり土地の権利は3人の兄弟が持っているが、これを巡っていろいろな勢力が絡み合う。
長兄は無頼の生活を送り借金を背負い30数年ぶりに故郷に帰って来た大森南朋。次男は鈴木浩介、亡き父を継いで市会議員となっており、気は小さいが妻に尻を叩かれ上昇を目指す。3男は、今回は抑えて暗い演技をする桐谷健太。彼はデリヘルのお抱え店長で女たちを車で送り迎えをしている。仕事はデリヘルだが、実は一番優しい男。
この兄弟の劇に、日本に来て暮らす外国人の問題が絡んでくる。右翼的な自警団(ビジランテ)が生まれて、中国人コミュニティの取り締まりを始めたりする。日本の近未来の予言だろうか。少しイヤな感じがする。映画は、小さな偶然の出来事から外国人と自警団の対立が始ってしまい、これがみるみるエスカレートしてゆく。
後半の盛り上がりが尋常ではない。長兄を襲うヤクザの借金取りが登場する。次男はモール建設委員会の委員になれるか。3男はデリヘルの女の子たちを危険から守れるか、といった出来事が錯綜する。途中から先の読めない展開にドキドキする。
兄弟が心ならずも様々な出来事に巻き込まれ悲劇が生まれていく。これは肉親愛のドラマでもあるが、桐谷健太が切ない。こういうギリギリのドラマ作りに私は往年のヤクザ映画の傑作「総長賭博」を想起した位だ。
入江悠監督は、この時代を生きる人間がリアルに蠢いていて、しかもグイグイと観客を引っ張るストーリーを紡いだ。お見事。シナリオだけでなく、演出も優れ、それは「渾身」と言う言葉があてはまる。一見をお勧めしたい。
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(by 新村豊三)