ジャ・ジャンクーの、リアルな中国のリアルな愛の傑作「帰れない二人」

中国の映画作家ジャ・ジャンクーの新作である。経済成長と共に急速に変わりゆく中国の社会と人間を見つめた作品を撮り続け、日本でも評価が高い。2007年には、世界最大の三峡ダム建設を背景とした作品「長江哀歌」でキネマ旬報のベストワンを獲得している。実は私はあまりピンと来ない作品だった。彼の作品はドキュメンタリータッチで淡々と展開し、あまり劇的なことが起きないのだ。
主演は監督のパートナーであり、彼のミューズと呼ばれるチャオ・タオだ。彼女は、例えば、彼女以前の人気女優コン・リーやチャン・ツィイーに比べると、それほどの美人とは思えないが(失礼!)生活感をにじませて、今を生きている感じを出すのが上手い人だ。監督のここ数年の作品は、「罪の手ざわり」「山河ノスタルジー」など、これも彼女を主役として、ドラマドラマした要素を取り入れて作品を構成するようになっている。

さて、新作「帰れない二人」を見に行ったら驚いた。相当に面白い傑作なのだ。今回は17年に及ぶ男と女のラブストーリーが描かれる。時代と舞台は、2001年の山西省の大同、2006年の三峡ダム建設中の街、奉節、そして最後は2017年、再び、現代の大同だ。
経済成長していく時代を背景として、そこには時代の流れに乗って繁栄する者もあれば当然取り残されていく者も出てくる。主人公の女は、もちろんチャオ・タオが演じているが、大同の裏社会の権力を握っているヤクザのような「渡世人」と呼ばれる男ビンの愛人として登場する。この二人は、成長に取り残されてしまう二人なのだ。
2001年の大同では、ビンはそれなりの地位にある。チャオは、夜、繁華街で、若いチンピラ連中に襲われたビンを守るために、ある罪を犯してしまう。その時、長回しのシーンでチャオが取るアクションが決然としていて、しびれる位にカッコいい。この映画の白眉のシーンの一つだ。
5年後の、奉節でのチャオの演技はもう、素晴らしいの一言に尽きる。愛した男ビンを追って、巨大なフェリーで川を遡って一人奉節に来るのだが、大事なものを盗まれたり、機転を利かして難局を切り抜けたり(ここらへんは全く先の読めない展開が続く)して、彼女から目が離せなくなる。チャオは必死だが幸せが薄い。結局、奉節では、チャオは男に裏切られたことを知る。
彼女がこの地で関わってしまう、普通の庶民だが少し癖のある中国人が実に人間くさく、存在感抜群だ。何人も登場するが、現代中国ならこうだろうなあ、と思わせてとても面白い。

最後の2017年の大同では、チャオと男の立場が逆転している。ビンは車椅子生活を送っている…これ以上書くのは止めるが、この17年間を通じての社会や人物の変化が上手く捉えられていて、そこに男と女の愛が展開する。この作品はドキュメンタリ―タッチではなく、劇的なドラマが巧みに形作られていて、私は、リアルな男女の愛の彷徨のドラマに酔った。この映画を見た、歌手の一青窈の巧みな表現を借りれば「リアル中国、リアル愛」なのだ。

さて、好きな映画もう一本!

監督:アンドレア・セグレ 出演:チャオ・タオ他

監督:アンドレア・セグレ 出演:チャオ・タオ他【amazonで見る】

「帰れない二人」の前までは、チャオ・タオ主演の映画で一番好きなのは、2011年のイタリア映画「ある海辺の詩人―小さなヴェニスで―」であった。ヴェニスの端の街、キオッジャという漁師町で出稼ぎとして働く中国人労働者チャオ・タオと、「詩人」と呼ばれる移民の初老の漁師の淡い出会いと別れを描いた小品だ。
チャオは中国に子供がいて仕送りをしている。時々電話で小さな子供と話したりする。生活は地味だ。チャオ・タオにぴったりの役だった。出稼ぎという、繁栄とはまた違う、中国人の一現実を感じさせた。
ヨーロッパの風景の中に、はかなげなアジア系の女性がいるという不思議な雰囲気がある。彼女が心通わすのが、これまた、イタリアの現地人ではなく、国を捨てざるを得なかった移民というのが(セルビア出身だったと記憶する)、世界の複雑さと広がりを感じさせて印象に残る佳作。

(by 新村豊三)

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