俳優でもあるアメリカのクリント・イーストウッドは現在世界最高の監督ではなかろうか。
2月に公開された新作「リチャード・ジュエル」を見てその思いを深くした。俳優としてスタートし、長いキャリアを積み、今年5月には何と90歳を迎える。
驚くことに現在もコンスタントに映画を撮り続けている。2014年の「アメリカンスナイパー」は大傑作、2016年の「ハドソン川の奇跡」もキネ旬1位の作品(昨年の「運び屋」だけは私には今一つだったが)。
最近の彼の作品は、難解なテーマを持っているとか、凝った映像であるとか、そういう訳ではない。気楽に見ているうちに映画の世界に引きずり込まれ、心底面白いなあと思うような作品ばかりだ。
きっと撮影する時も効率よく「職人」的に撮っているのではないか。どうしたら俳優にいい演技をさせ、観客に分かりやすくストーリーを伝え、どこにカメラを置いたら「画」として一番効果的なショットになるかをよく理解して的確な指示を出していると思う。
前置きが長くなったが、「リチャード・ジュエル」が大変面白く、見終わって拍手したくなるような秀作だった。それほど人気のある俳優が出ているわけでもないので、あまり宣伝もなく話題にならなくて残念だった。
この映画は、96年アトランタ・オリンピック最中に起きた実話に基づく。警備員をやっているリチャード・ジュエルがコンサート会場に置かれた爆弾に気づき、迅速に観客を退避させ、爆弾は爆発するものの被害を最小限に抑える。英雄扱いされるものの、地元の新聞社が、FBIが容疑者と見なしているという記事を出したため、一転、犯人扱いされ、本人と母親は住民に監視され行動を制限され精神的に苦痛の日々を送らざるを得なくなる。薄いつながりのあった弁護士に弁護を依頼して、疑いをはらすために闘うことになる。
ところが、この弁護士(サム・ロックウェル)が剛腕弁護士には見えない。また、この主人公がお人好し過ぎて、FBIのずる賢い捜査に気安く協力するものだから見ていてハラハラする。FBIの方は、スーツをピシッと着こなしていかにもスキがなく、頭もキレそうである。この映画はその対比が面白い。
FBIの家宅捜査は徹底的に行われ、台所のタッパーウェアから母親のパンストまで押収していく。母親役のキャシー・ベイツがとてもいい。生活を侵害され、息子が苦しむ姿を見て苦悩する。アカデミー助演女優賞にノミネートされたのも当然だ。トータル、この映画は隠れた秀作。
さて、好きな映画をもう一本!
キャシー・ベイツと言えば、92年の「フライド・グリーン・トマト」が忘れられない。舞台は南部アラバマ州。中年のキャシー・ベイツは親戚を見舞った老人ホームで、83歳のジェシカ・タンディと知り合う。太っているキャシー・ベイツは自分の容貌に自信なく、夫との結婚生活も上手く行っていないが、ジェシカ・タンディが話をしてくれる、およそ60年前その地に住んでいた若い女性二人の友情と生き方に感化され、自らも精神的に自立した生き方を始めていく。行動を起こすときの言葉が「トゥワンダ!」(地元の言葉らしい)であった。
若い二人は対照的な性格で、一人は野生児のような生き方をしているがバイタリティが抜群の独身。彼女は、大人しく華奢で夫からのDVに苦しむ親友とその小さな幼子を引き取って、鉄道の線路沿いの小さな食堂を切り盛りしていく。そこには差別を受ける黒人や貧しい白人もいる。
キャシー・ベイツとジェシカ・タンディの現在の話と、若い女性二人の回想の話が交互に進んでいく上手い構成だった。
この映画には懐かしい思い出がある。公開されたその年、映画館を借り切って、高3の希望者160名程に、この映画を見せる上映会を行ったのだ。
映画館は、今は無き池袋の「テアトルダイヤ」。映画館と交渉し、手作りチケットを作成して準備した。若い頃はエネルギーがあったなあと今にして思う。余談ながら、その時の生徒の息子さん(中3)を昨年度教えたりした。成程、こちらが年取る訳である。
(by 新村豊三)
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