心ほぐれる韓国映画「チャンシルさんには福が多いね」とユーゴ映画「ジプシーのとき」

コロナ禍でぐっと見ることが減った新作の中で、これまた優れた韓国映画だったのが「チャンシルさんには福が多いね」だ。昨年の大阪アジア映画祭で上映され、いち早く見た映画仲間から、いいですよと聞いていた作品だ。確かに、見ているうちにクスクス笑い、やがて心にじわじわと来る。
「韓国のロメール」と呼ばれるホン・サンス監督のプロデューサーを務めてきた女性キム・チョヒがシナリオを書き初監督した作品である。

「チャンシルさんには福が多いね」監督:キム・チョヒ 出演:カン・マルグム ユン・ヨジュン他

監督:キム・チョヒ 出演:カン・マルグム ユン・ヨジュン他

女性映画プロデューサーのチャンシルが年配の監督を囲んで飲んでいると監督が急死して、チャンシルが映画を撮れなくなってしまうところから始まる。
チャンシルは故郷の釜山に帰り、年下の女優の家政婦のバイトをしながら、もう映画は撮れないと悩み、年下の男性を好きになったりして悶々とした日々を送っていく。
トウの立った主役は、器量はそれほどでなく足も短く(失礼!)、釜山方言を使いビニール手袋をしていると地元のアジュモニ(庶民的おばさん)に見える。これはこれで親近感を感じさせるが。
彼女は、一番好きな映画は小津安二郎の「東京物語」(!)、映画人を志したのは旧ユーゴのクストリッツァの「ジプシーのとき」を見たからだと言う。映画ファンとして、この映画の中で、いろいろな映画が言及されるのはとても嬉しい。

さて、彼女の周りには自然体で生きている老婆と、もう一人、何と「ゴースト」がいる。
ひとり暮らしの大家のおばあちゃんは、自分のままにならないこともあるが老人の知恵で人生を受け入れて前向きに生きており、70歳を過ぎて初めて「文字」の学習を始めたりする(朝鮮戦争で教育を受けられなかった世代ではないか)。
もう一人の「ゴースト」がとてもユニークだ。ランニングと短パン姿であり、自分のことをレスリー・チャンだと名乗る(レスリー・チャンは、短パンランニングで「欲望の翼」という90年の香港映画の秀作に登場している)。
この、レスリー・チャン君が彼女を励ますのがいい。最後は優しく抱きしめて「ずっと応援するよ」と言ってあげたりする。見ているうちに、彼は天使なのだと思った。突飛な発想ではなかろう。映画の中で、ヴィム・ヴェンダース監督のことも言及されるが、代表作「ベルリン 天使の詩」では人間を見守る天使が登場する。

韓国映画ファンにとっては、そのゴーストを演じているのがドラマ「愛の不時着」の北の「耳野郎」のキム・ヨンミンであるというのもとても面白い。
チャンシルは、二人によって、映画への希望を取り戻してシナリオを書き始める。そこがいい。ヒロインはたまたま映画を仕事にしているが、この映画は映画仲間の内輪話ではなく、独身40代女性一般に対して、生き方を温かく肯定する映画だと、私は受け取った。

さて、好きな映画をもう一本!

「ジプシーのとき」監督:エミール・クストリッツァ 出演:ダボール・ドゥイモビッチ ボラ・トドロビッチ他

監督:エミール・クストリッツァ 出演:ダボール・ドゥイモビッチ ボラ・トドロビッチ他

チャンシルさんがこれを見て映画を志したという「ジプシーのとき」、実は私は見ていなかった。傑作「アンダーグラウンド」等を撮っている名匠エミール・クストリッツァの1988年作品である。
DVDは廃盤になっていてネットの取引では4万円を超えているのもあるが、運よくツタヤの中野店にレンタルがあり、275円で借りて観ることが出来た。
140分と長く、時に冗漫な個所もあるものの、トータルすると大変面白い快作だ。

旧ユーゴの貧しい集落に暮らす若者ベルハンの波乱万丈の冒険譚、可笑しくも切ない成長物語である。
彼は外国で金を儲けている金持ちのアメードに連れられて、足の不自由な小さな妹の手術に付き添い故郷を離れる。しかし、妹は何と売られてしまい、ベルハンはイタリアのミラノで、親分アメードの犯罪行為を手伝っていくことになる。結婚があったり、裏切りがあったり、貯めた財産の消失を経験したりする。そして、ラストシーンでは親分の結婚式に忍び込み復讐を果たそうとする……。

ストーリーの概略は以上の通りだが、演出がとてもユニーク。騒々しく賑やかで、人や動物が沢山登場し、歌や踊りがある。アコーディオンの演奏は何度も出てくる。大らかな笑いもあり、とても人間くさい。その上、幻想的なシーンが出るのが面白い。例えば、河を下るお祭りの船や、横になって宙に浮く花嫁。クライマックスでは、主人公の持つ不思議な力が発揮されるという奇想天外なところもある。

チャンシルさんがこの映画を見て心奪われたのもよく分かる。1990年代、彼女が高校生の頃だったのだろうか。

(by 新村豊三)

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