初めてブータン映画を観た。「ブータン 山の学校」は僻地の小学校で教える若い先生と村人の交流を描く映画だが、とても面白いし表現は映画的に豊かで、内容にも感銘を受けた。しかも、単純な映画ではなく奥深いと言うか、結構苦い映画でもある。
ブータンと言えば、10年ほど前国王が来日した。この国では、GNP(国民総生産)よりもGNH「国民総幸福量」を重視するというので話題になった記憶がある。ブータンは人口70万程の国で首都は人口10万のティンプー。ここにはスタバもあるし、iPhoneも使える都会との由。
この街に住む、やる気のない教員のウゲンはオーストラリアに行きたい希望があるものの、辞令を受けてブータンの僻地、ヒマラヤ山脈のルナナ(人口56人!の世界一の僻地)の学校で教えることになり、仕方なく、村からやって来た男性と共に出かけていくことになる。
映画館は岩波ホールだし、文科省特選でもあり、固く真面目で退屈かと思って見始めたら全く違っていた。7泊8日を費やして(!)、村まで険しい山道を歩いていくのだが、その大変な旅程の描写からして、グイグイ惹きつけられ、驚きと共に、これは軽い気持ちで見てはならぬと、居住まいを正して画面に見入ることになる。
やがて、村の人が総出でこの先生を迎える。村長は、「先生は希望です。子供たちの未来に触れることが出来ますから」と言う。ハッとする位いい言葉だと思った(40年教員をやったが、そんなことを考えたことがなかった)。
しかし、平屋でボロの小さな学校は、黒板さえもなく、ほとんど何も教材がない。暮らす住居には電気も水道もない。薪を燃やす紙さえなく、ヤクというヤギに似た動物の乾燥させた糞を燃やして火を熾すような、原始的で貧しい生活だ。
しかし、朝、ウゲンを呼びに来たクラス委員の女の子を始めとして、皆が、目をキラキラさせて知識を吸収しようとする。将来何になりたいと聞くと、先生になりたい、歌手になりたい、国に尽くしたいと口々に言う。子供たちは全員が現地地元の子だ。
小学校低学年で10人ほどの学校だが、国語と算数と何と英語だ。しかも英語で授業する。アルファベットを教える時、C for Car ( 「カー」に使われるC)と教えたいのだが、「車」を見たことがないので、Cow (牛)に替えて教える。
教員の端くれである自分は、こんな生活と仕事は絶対にできない、しかし、昭和30年代の生活を知る自分なら、少しの期間でも教えてみたいと思ったりする。
生徒は勉強するノートさえない。ウゲンは、黒板に代わるものを用意して少しずつ学習環境を整えていく。最後には、自分の得意なギターまで運んでもらって弾いたりする。その変化がいい。
そういう描写が続くが、生徒との交流、村人との交流は「教育の原点」という手垢のついた言葉でなく、もっと原初的で澄んで謙虚で穏やかな魂の触れあい、とでも言いたいようなものに思える。本当に、心に染みてくるものがある。
歌好きの若い女の子と知り合い、大事な動物ヤクに捧げる歌を教えてもらったりする。大自然をバックにした二人が座って話す姿が美しい。いいシーンをいちいち書いていてはキリがないが。
さて、この映画を観て思うのは、人の幸せとは何かという事に加えて、ブータンが「総幸福度」世界一といっても、それなりに問題があるのではないか、ということだ。村長も、この村を出ていく者がいると言うし、実は、書いてしまうと、ウゲンも村を降りることを選択する。そして……。
ラストシーンは、見る人により、受け取り方が違うのではないか。私は、冒頭書いたように、苦いラストであると受け取っている。
監督・脚本のブータン人パオ・チョニン・ドルジは、まだ37歳。写真家でもあり、奥さんが台湾人で、岳父が台湾の映画人との事。
さて、好きな映画をもう一本! 僻地で小さな子を教える映画と言えば、1999年の中国映画「あの子を探して」を思い出す。これは、まだ15歳の頬っぺたの赤い女の子が、代用教員として教壇に立ち、小学生を教える話である。生徒が都会に行って帰って来ず、帰ってこないと自分のもらえるお手当てが減ってしまうので、都会にその子を探しに行く内容である。
この教室にも黒板がなかった。純朴という言葉がぴったりだったが、中国は大きな経済成長を遂げてGNPは世界第二位になった。舞台になった地域はどんな風に変わったのだろうか。幸せは増えたのだろうか。
(by 新村豊三)