映画は女優で見る。有村架純の「月の満ち欠け」、岸井ゆきのの「ケイコ 目を澄ませて」

「映画は女優で見るものだ」という考えがあるが、大いに賛成だ。無論、女優だけで見るわけではないが、お気に入りの女優なら映画がつまんなくても許せる。映画が良くて女優も良かったら最高だ。

監督:廣木隆一 出演:大泉洋 有村架純 目黒蓮ほか

監督:廣木隆一 出演:大泉洋 有村架純 目黒蓮ほか

今年初めて劇場で見た作品は「月の満ち欠け」。昨年12月の公開だが、映画に登場する有村架純のファンなので、この映画をお目出たいお正月の映画にしたくてずっと待っていたのである(笑)。この作品は「人の生まれ変わり」がテーマの、ややファンタジックな映画で、全て納得して大変面白かったとは言えないのだが、有村架純が重要な役で沢山出るし、御贔屓伊藤沙莉も出ているので大変満足した。

青森県の八戸市で仕事をしている大泉洋が、娘の高校の時の同級生で、今は小さな娘の母である伊藤沙莉に再会して話を聞く。大泉は8年前、最愛の妻と娘を事故で亡くしていることが分かってくる。さて、そこに、昔の80年代の高田馬場を舞台にした、若者(目黒漣)と、謎の年上の人妻(有村架純)の恋の話が絡んでくる。有村と目黒の初々しい恋の描写には心奪われた。目黒は有村とベッドシーンを演じて、コンチクショーと思ったが。

監督:三宅唱 出演:岸井ゆきの 三浦誠己ほか

監督:三宅唱 出演:岸井ゆきの 三浦誠己ほか

さて、「ケイコ 目を澄ませて」は、12月下旬に見たが、一年の掉尾を飾るに相応しい素晴らしい映画だった。耳の聞こえない若い女性ケイコが、荒川区にあるオンボロジムに通ってボクシングの練習を続け試合に出るストーリーだ。

ケイコは、音楽好きの弟と二人暮らしをしながらホテルの客室清掃員の仕事をしながら、熱心にジムに通う。長年続いたジムの会長も年を取り、やがてジムを閉鎖することになる。
ケイコは一言も発しない。2度小声でハイと言うだけだ。ケイコを演じているのが岸井ゆきの。昨年も「神は見返りをもとめる」という映画で、人気のyoutuberを目指す女の子を演じていたが、基本的なイメージは、それほど美人ではない、どこでもいそうな女の子というものだ。
ところが、この映画では、その岸井の、小さくて、手足も長くない身体が、見事に映画にマッチしている。体がボクシング向きの体形でないからこそ、ひたすら地道なトレーニングをするしかない。ハンディのあるイメージにピッタリだ。映画の最初の方で、コーチと打ち合いの練習をするが、このさりげないシーンが中々いい。相手のパンチを受けつつ、上半身をひょいと下げたり頭を傾けたり、相手を打ったりする。そのリズムがなかなか良くて、嘘くさくない本物のボクシングの感じがする。
岸井は、試合ではアッパーパンチを食らい、後ろ向きにひっくり返るシーンもある。野獣のような顔を見せる時もある。この演技には女優魂というものを感じる。

極めて映画的というか、素晴らしいなあと思ったシーンは、会長の妻が、ケイコが書いた練習日誌を、声を出して読むシーンだ。病床にある会長(三浦友和 好演)に読んで聞かせるのだが、その声に乗ってケイコが走り、サンドバックを叩き、戯れに弟や弟の恋人とシャドーボクシングを行ったりする。そのシーンの躍動感、優しさ、あふれ出る情感の豊かさにはちょっと参ってしまったくらいだ。
ケイコが闘った試合の数日後、闘った相手と偶然会い(相手もワーキングクラスの女の子)、相手からの自分へのリスペクトを感じ取り、自分の中に何かが生まれ荒川の土手を駆け上がるシーンにもジーンと来る。
カメラは、荒川や陸橋や街を映しとる。私自身の現在と地続きのリアルさがある。ケイコを支える人たちも、実は彼女によって心を支えられ、力をもらっている。この映画には、現代日本の格差社会、しかもコロナ禍の中で、そんな、様々な人が生きているという実感が伝わる。そこがいい。

監督:成瀬巳喜男 出演:花柳章太郎 山田五十鈴

監督:成瀬巳喜男 出演:花柳章太郎 山田五十鈴

さて、好きな映画をもう一本!

常々日本最高の女優は若尾文子だと思っていたが、最近、山田五十鈴の幾つかの作品を劇場で見て、考えを改めようかという気になった。それくらい、彼女も素晴らしい。特に彼女が出演した戦前の「歌行燈」(昭和15年 成瀬巳喜男監督)には魅了された。「芸道物」の一本だが、この中で山田は、見事に、嫋(たおや)かで、優雅で色香もある、うら若き芸者を演じている。
特に、山田が、松林で踊りの稽古をつけてもらい、光がたゆたう木漏れ日の中で舞うシーンは比類なく美しい。神韻縹緲という言葉を思い出した。大団円のラストも愉快で嬉しい。モノクロ日本映画の最良の一本だと思う。

(by 新村豊三)

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