アカデミー賞の作品賞候補だった「ナイトメア・アリー」が抜群に面白かった。見る前ずっと、タイトルは「ナイトメア・メアリー」で、女性のメアリーの話かと思っていた。さにあらず、「アリー」であり、小道とか小路の意味だった。
3年前の、半魚人と人間女性の切ない恋を描いた傑作「シェイプ・オブ・ウォーター」の監督、ギレルモ・デル・トロの新作である。「シェイプ・オブ・ウォーター」はアカデミー賞の作品賞を始め4部門で受賞している。(2018.3.30の回で紹介)
監督自身はメキシコ人だが、これは英語によるアメリカ映画。
不況の1930年代、放浪者であるスタン(ブラッドリー・クーパー)は、流れ着いた巡回カーニバル団(見世物などを見せる興行)に職を得て、そこで行われている出し物の一つである読心術を習得する。やがて若い女性と都会に出てきて、ホテルで上流階級の客を相手に読心術ショーを行い、霊媒師のように信頼される。
知り合った妖艶な女性心理カウンセラーのリリス・リッター博士(ケイト・ブランシェット)と共に、金持ちから多額の謝礼を巻き上げる犯罪を行っていく。読心術のトリックも、素朴で、自分にもわかるレベルなのが嬉しい(笑)。昔の人だったら騙されるだろう。顧客が相談する内容は、関係が上手く行かない息子や娘であり、それは現代人にも通底する。
先の読めないどんでん返しの連続で引き込まれる。そしてスタンの最後は、また、面白い終わり方となる(書きたいが伏せる)。
話も面白いが、美術も緻密だ。カーニバル会場は不気味で、ゴテゴテしていて、猥雑でダークな魅力がある。リリスとスタンが、リリスの部屋で話すシーンの雰囲気もなかなかいい。リリスは赤い唇をした謎の女で、外には小雪がちらついている。フイルム・ノアール的独特のムードが漂う。
他にも映像が印象的なシーンがある。スタンは、一緒に仕事をする若い女性(ルーニ・マーラ)に、客のもう亡くなった娘を演じさせるが、雪の日、墓場に現われて歩く。それをカメラが俯瞰で捉えるのだ。一言で言うと、映画の見世物性が十分に発揮され、虚構を堪能できる快作である。
好きな映画をもう一本! ギレルモ・デル・トロの名を記憶したのは、2007年日本公開「パンズ・ラビリンス」であった。独得のダークファンタジーと、リアルな戦争のドラマがうまく融合した作品である。
1944年、スペイン内乱の時代、舞台はスペインの地方の山の中である。本好き、空想好きの女の子オフェリアが、再婚する母親と共に、軍人である継父の元にやってくる。父親は大尉で、フランコ政権に反対してゲリラ活動を行う者たちの弾圧を行っている。母親は妊娠している。
オフェリアは夢の中で、頭に角を持つパン(人間の格好で、顔はヤギに似ている、一種の番人)に導かれラビリンス(迷宮)の中に入っていく。そこには目のない薄気味悪い裸体の人物(?)もいて、目の玉二個を、左右の手にはめて物を見たりする。この映画も、美術が凝っていて、グロテスクでもある独特の空間を緻密に作り上げている(さる本によれば、好きなように撮影するために監督は監督料を取らなかったそうである)。
この大尉たるや、残忍な奴で、拷問をすることに快楽を感じているように見える。しかし、やはり軍人で戦死した父親へのコンプレックスが垣間見えるのも、現代の映画らしい。この大尉も憎たらしいが、演じた俳優は好演だろう。
ゲリラとなって森に潜伏する弟がいる女中頭の女性メルセデスが、ゲリラの一味ではないかと疑われ、拷問を受けそうになる時、この女性の取る反撃がなかなか見事である。
結末を書いてしまうが、最終的にはゲリラ側が軍隊を襲って勝利する映画ではある。
しかし、今回、この映画を見直して、その拷問シーンや何度か出て来る射殺シーンなどを見るのが本当に辛かった。その理由は、言うまでもなく、ロシアのウクライナ侵攻のせいだ。正直言って、これまで見て来た戦争映画の受け止め方は「対岸の火事」であったのだと思う。しかし、リアルタイムで戦況を知り、人々が数千人殺され(民間人もだ)、街が破壊される報道を見ると、そして、自分にも起こる可能性も否定できないことを考えると、わが身への迫り方が全く違うのだ。これから戦争映画の見方が変わるだろうし、戦争映画を見る気にならないのではないかと思ったりする。
(by 新村豊三)