映画によって少しでもウクライナに近づきたい(2)「バビ・ヤール」「火の馬」「ナワリヌイ」

昨年見たウクライナ映画の中に「バビ・ヤール」という強烈な記録映画があった。バビヤールとはウクライナの首都キーウにある渓谷の名。ここで1941年9月の二日間ナチによるユダヤ人の大虐殺が行われ、その虐殺を描いた記録映画がこの作品だ。

映画「バビ・ヤール」監督:セルゲイ・ロズニツァ

映画「バビ・ヤール」監督:セルゲイ・ロズニツァ

33771名のユダヤ人が殺され、その遺体が渓谷に遺棄されたのだ。内容は重いものだが、その映像の質の高さに目を瞠ってしまった。素人が撮ったというより、プロが撮ったのではないか(アーカイブの映像があって、「ドンバス」のロズ二ツァ監督がそれを編集)。
ソ連時代のウクライナをナチが攻撃してくる。街で突然爆発が起きる(当然、見ていて、今のウクライナの攻撃と重ねてしまう)。人がたくさん登場する場面でも、ヘンな言い方だが、実写の劇映画のエキストラの比でなく、もう本物の人、人、人で迫力が違う。実際の人物なので表情もリアルだ。
見ていて、ウクライナ人の運命を思う。ドイツに占領され、次は独ソ戦を勝ち抜いてやってきたソ連軍に恭順を尽くす。ウクライナって翻弄され続ける国家なのだ。

さて、映像だけでなく、この映画で印象的なのは言葉であった。映画はナレーションがない。状況を示す字幕だけが出る。(裁判の時は証言者の言葉は音声として出る)。しかし、その虐殺を悼む詩人の詩が読まれた時、私は胸うたれた。その詩には、様々な職業の人、年齢の人、様々な性格の人が延々と列挙される。その時、単に数字で「33771名が殺された」と言われるよりも、はるかに重みのある、切実な人間の手触りというか、生きた人間の感触が浮かび上がったのだ。本当に抹殺されたのだと実感した。これほど悲痛な詩はないのではないか。

火の馬

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気分を変えたい。もう、59年も前の映画だが、グルジア出身のセルゲイ・パラジャーノフが、ウクライナを舞台に撮った「火の馬」には圧倒された。昨年10月に劇場で見て、感嘆した。今まで見た映画の中で最高と言いたい撮影であった――カメラワーク、色彩、構図においてである。

話は極めてシンプル。山岳地帯での若い男と女の恋。男の放浪、新しい生活などが描かれる。しかし、「お話」よりも、その表す画面設計、すなわち視覚や音に惹かれる。強烈かつ深々とした色彩だ。冬山の雪の白、草原の緑、秋の紅葉、月夜の青。印象的だったのは、最初の方のシーンで、男が斧で顔を切られ噴出する血が、数頭の赤い馬のシルエットとなったこと。
自在なカメラワーク。例えば、筏(いかだ)で川を下る若者にカメラが近づいていき、反転して後ろから捉えるショットの見事さ。静謐な場面もあるが、民族色にあふれ、民衆が歌を唄うシーンもある。

思うに、この映画にはスラブ文化のエッセンスが出ているのではないか。大地、山、森、川、ロシア正教会の神秘さ、そして人々の土俗的営み(人が死んだ後の儀式を執り行っているようなシーンがある)。
監督は国内では異端だったらしく、当局により、入出獄を繰り返している。「天才」が潰されてしまったのではないか。映画の魅力を上手く言えないが、とにかく興奮したことはお伝えしたい。

監督:ダニエル・ロアー 出演:アレクセイ・ナワリヌイ他

監督:ダニエル・ロアー 出演:アレクセイ・ナワリヌイ他

好きな映画をもう一本! これはウクライナではないが、ロシアの反体制派のリーダーを描く新作映画がある。反体制大統領候補であるナワリヌイ氏の暗殺未遂事件を描くドキュメンタリー「ナワリヌイ」(2022 米)である。
弁護士であるナワリヌイ氏が、移動中の飛行機の中で突然体調を崩し、ドイツの病院に収容される。毒物を盛られたのである。何とか一命を取り留め、やがて回復する。
ロシアの組織的な暗殺者グループがこれを企画し実行したのだ。この映画、最初は驚いたものの、中盤、何だかハラハラし不謹慎だが面白くなってくる。ナワリヌイ側は、いろいろな情報を集めて分析し、暗殺者グループの一人一人に、ロシア体制側の一員を装って直接電話してゆく。犯罪の証拠とするため録音するのだが、そのうちの一人が事件の関わり合いを述べる。このプロセスがリアルで自分もその場にいるような臨場感があるのだ。
ところが、この証拠を持って飛行機で本国に帰国すると、空港で逮捕されて、また刑務所に収監されてしまう。(当局は、報道陣を避けるため、着陸予定の空港を急に変えて、別の空港にしてしまう!)。娯楽映画のようにハラハラ面白く見て、ロシアの酷さに、失意と共に沈黙してしまう、そんな映画だ。

(by 新村豊三)

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