ケイト・ブランシェットの「バーナデット ママが行方不明」「エリザベス」「エリザベス:ゴールデン・エイジ」、そして女性指揮者を描く「レディ・マエストロ」

5月に紹介した「TAR/ター」のケイト・ブランシェットが主演する新作が「バーナデット ママが行方不明」だ。これは、「TAR/ター」と違って、気軽に、彼女の演技を楽しめばいい映画だ。
指揮者のター同様、若い頃は天才的建築家だったのに、結婚して子供を育てる主婦になったバーナデットは、家庭で焦燥感を募らせて生きている。

「バーナデット ママが行方不明」監督:リチャード・リンクレイター 出演:ケイト・ブランシェット ビリー・クラダップ他

「バーナデット ママが行方不明」監督:リチャード・リンクレイター 出演:ケイト・ブランシェット ビリー・クラダップ他

この映画、前半は状況の説明が不足して、ややイライラするのだが、彼女の心境が分かると見やすくなるし、何せ、自分の心のわだかまりを消すために南極に行くものだから、画面の解放感がある。スクリーンに南極のデカい氷の壁が映り、臨場感がある。それまで陰鬱だったケイト・ブランシェットの表情も生き生きしてくる。確かに演技が上手い。
監督は「6才のボクが、大人になるまで。」(2018/7/10の回で紹介)のリチャード・リンクレーターであり、家族関係・人間関係を優しくユーモラスに描くのに長けた監督だ。アメリカでの公開は4年前。まあ、正直言って、「TAR/ター」が好評で、この映画の公開が決まったのだろう。

「エリザベス」監督:シェカール・カプール 出演:ケイト・ブランシェット ジョセフ・ファインズ他

「エリザベス」監督:シェカール・カプール 出演:ケイト・ブランシェット ジョセフ・ファインズ他

さて、ケイトの隠れた秀作を紹介したい。彼女がイギリス女王エリザベスを熱演した「エリザベス」(1999)「エリザベス:ゴールデン・エイジ」(2007)はかなり面白い娯楽史劇。

前者は国王である姉の死後即位したエリザベスが、プロテスタント側の妨害に負けず、宮中で反乱を企てた者たちを制圧し、支配の基盤を固め、「国と結婚する」と宣言するまで。
後者は、幽閉していた従妹のメアリー・スチュアートを斬首し、有名なスペインとの戦争「アルマダの海戦」に勝利する様を描く。

遥か50年前、高校の世界史で習った出来事が、人間の肌触りを伴って展開する。びっくりしてしまうのは、エリザベスはヴァージン・クイーンと言われ、男を知らなかったと理解していたが、映画の中では、寵愛され、肉体関係も持つ男たちが登場することだ(初めて知ったが、史実はそうだ)。また、ヨーロッパ中が旧教の中、イギリスのみが新教だった故に外交的に大変だったこともよく理解できる。

エリザベス ゴールデンエイジ

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衣装や美術も本格的な重厚な作品である。ただ、先ほど、「娯楽史劇」と書いたように、かなりフィクションも混じっているけれど。
特に「ゴールデン・エイジ」の「アルマダの海戦」の描き方がいい。圧倒的に戦力不利な中、戦いの前、エリザベスは白い鎧を着て白馬にまたがり、兵士を前に檄を飛ばす。嵐のおかげでイギリス軍は勝利するのだが、夜、エリザベスが岬の上に立ち、遠くにスペインの艦隊が赤々と燃えているのを見るショットは、お見事!と声を掛けたいくらい。外連味たっぷりの演出である。
ケイトは、役柄ピッタリで、冷たい厳格な王女を演じつつ、孤独に苦しむ一人の女性の弱い面も出しているのがいい。昨年、エリザベス2世が亡くなったばかりだ。英国史も分かる、お勧めの映画である。

監督:マリア・ペーテルス 出演:クリスタン・デ・ブラーン ベンジャミン・ウェインライト他

監督:マリア・ペーテルス 出演:クリスタン・デ・ブラーン ベンジャミン・ウェインライト他

好きな映画をもう一本! 5年前の映画だが、女性指揮者のパイオニアを描いた「レディ・マエストロ」が秀作だ。実在の、戦前のアメリカで活躍したアントニア・ブリコの半生を描いている。貧しいオランダ移民の子で(しかも養子)、小さい時から無性に音楽好き。祖国オランダからドイツのベルリンに渡り、ある女性のサポートを得て、当時(今もだ)少なかった女性指揮者を目指して修行を積んでいく。

彼女は迷いながらも積極的に自分の道を切り開いていく。ニューヨークでの指揮の時、ベルリンに匿名でお金を送り、サポートしていた女性の正体が明らかになる展開には静かな感動を受けた。この辺は、思わず背筋を伸ばして画面に引き込まれたくらいだ。これまた、LGBT映画の傑作である。
また、彼女が当時の社会の偏見に負けず、女性だけの演奏会を開くとき、裕福でない女性たち、また、大統領夫人がサポートしたりするが、作り手に女性の地位を高めたい気持があるのは明らかである。
彼女は、劇場で誘導員のバイトをしていた頃、演奏が始まると、一番前の通路に、折りたたみ椅子を持って行って音楽を聞くことをやっていたのだが、映画のラスト近く、彼女の人生に影響を与えた元恋人が同じことを行うのもジンと来る。
映像は品格があるし、オランダ人の女性監督マリア・ペーテレスの演出も繊細かつ安定している。幸福感を与えてくれる映画だ。

(by 新村豊三)

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