日本映画の話題作、北野武の「首」、朝井リョウ原作の「正欲」

今年のカンヌ映画祭で上映されて好評だったという北野武の新作「首」が面白かった。明智光秀が織田信長を討つ「本能寺の変」を描いている。まあ、北野武だから、正統派の重厚な時代劇になるはずもなく、題名通りに、幾度も幾度も、斬り落とされた首が血しぶきを上げて飛ぶ映画となっている。

監督:北野武 出演:ビートたけし 西島秀俊 加瀬亮ほか

監督:北野武 出演:ビートたけし 西島秀俊 加瀬亮ほか

信長(加瀬亮)の首の斬られ方を始めとして、何人も「映画的」に面白い首の斬られ方をする(私、アブノーマルではないと思うが。笑)。残酷と言うより、ここまで、スパッと斬られれば映画的爽快だ。

史実に則ったストーリーだが、新鮮だったのは、信長と光秀と、もう一人光秀の友人荒木村重のクイアな人間関係である。光秀(西島秀俊)と村重(遠藤憲一)が上半身裸で抱擁するショットもある。
映画的に面白く、笑いまで誘うのは、秀吉(北野武)、弟の秀長(大森南朋)、軍師竹中半兵衛(浅野忠信)の3人組の会話のやりとりである。人間味と滑稽味があり、見ながら、何回もクスクス笑ってしまった。

正統派の時代劇ではないが、VFXの映像が素晴らしく、俯瞰のショットもいいし、合戦の描き方は中々迫力がある。黒澤明の「乱」(1987年)より映像がいいと思った位だ。
家康(小林薫)、彼を守る忍者服部半蔵(桐野健太)、千利休(岸部一徳)、毛利の殿様(荒川良々 意外な好演)も登場するし、主要なキャストが20人ほどいて、上手くさばけている。脚本監督の北野武の優れた技量は疑いようもない。
ただ、この映画、かなり賛否分かれている。まあ、皆が褒める映画より、賛否はっきり分かれる映画を見るのも冒険みたいで一興だろう。

監督:岸善幸 出演:新垣結衣 稲垣吾郎他

監督:岸善幸 出演:新垣結衣 稲垣吾郎他

次も話題作「正欲」だ。朝井リョウの原作だが、聞き慣れないタイトルは「性欲」をひねった造語だろう。その理由は映画を見ているうちに分かってくる。

実は、私は、朝井リョウって自分に合わないのか、秀作の誉れ高かった「桐島、部活止めるってよ」(2013)も、「何者」(2016)もダメだった。
この映画も、登場人物は沢山いるし、前半は散漫で、モヤモヤっとして面白くなかったのだが、地方都市で暮らしていた、同級生だった新垣結衣と磯村優斗が都会に出てきてから急に面白くなって来る。二人はある点で人と違っている、という違和感を持っている。いや、ぼかさず書いてしまうと、「性欲」がないのだ。

横浜で擬態のカップルを始めた二人が「セックスの練習」をするところ、ちょっと切ない。ぎこちなく、ああ、こうやるんだねと言いつつ、最後に「上から乗って来て」といい、それは、愛しく感じるからなんだってと言う。
新垣の「ここから出られないかもしれない」という言葉がいい(「ここ」と言うのは住んでいるところだ)。「夫婦」「同棲」という、現在の制度上の暮らし方でなく、なんとなく気が合い、でも、自分を自然に出せる二人が、共に暮らすという形式でいいのでは、と、私も思う。

さて、この映画、全く、予測のつかない、ズレていく展開を見せる。そこが面白い。
登場人物が多いのだが、その一人に、検事(稲垣吾郎)がいる。小学生の子供は不登校でYouTube投稿に楽しさを見出しているが、検事は息子の生き方を肯定しない。その検事と、磯村が思わぬところから繋がっていくのである。
磯村は、ある「同好の士の会」を作るのだが、その一員が犯罪を犯したばかりに、磯村も同罪を疑われ検事の尋問を受ける事になるのだ。

監督は岸義幸。映画のラストシーン、新垣が検察庁の部屋を出たところで、終わりの「A film by Yoshiyuki Kishi」の言葉が出るのも鮮やかでカッコいいが、その直前の、新垣が、検事に対して、「夫」に伝えてほしいという、「私、どこにも行かないから」という台詞にはまいった。「愛」の強さと、マイノリティの連帯を感じたからだ。

その他にも、極端な異性ギライの女子大生が登場する。彼女の演技には鬼気迫るものがある。つまり、この映画は、今の時代の、いろいろ生きづらい問題を抱える人を、それでもいい、それでも生きて行ってほしいと肯定する姿勢を持ち、一方で、エリートであるため、人の理解が浅く、人や社会はこうあらねばならぬと思いこみ、上から目線で、人を裁こうとする者たちを、静かに批判している。しかも、決して声高ではない。共感するかは見る人に委ねられていると感じる。
この映画、惜しむらくは、その女子大生の部分が、やや掘り下げが浅い。しかし、異色の力作だ。

(by 新村豊三)

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