予備知識が必要ではないか、この話題作「オッペンハイマー」

今年のアカデミー賞の主要7部門(作品賞、監督賞など)を受賞した話題作「オッペンハイマー」がついに日本で公開された。アメリカでは昨年夏公開だったので随分遅れた訳だ。世界唯一の原爆投下国ということで上映を遠慮していたのだろうか。

「オッペンハイマー」監督:クリストファー・ノーラン 出演:キリアン・マーフィ エミリー・ブラント他

「オッペンハイマー」監督:クリストファー・ノーラン 出演:キリアン・マーフィ エミリー・ブラント他

元々、自分は予備知識をほとんど入れずに映画を見る。今度も、まあ、「原爆の父」であるオッペンハイマーの原爆の開発と苦悩を描く映画だろうと思い、予備知識ゼロで見始めたら、あれれ、恥ずかしながら、話が良く分からないのだ。

第二次世界大戦中で、原爆研究中のナチドイツに対抗するため、また、ドイツが降伏してからは日本との戦争を早く終結させるため、原爆の研究開発を進めて行く展開と、戦後、オッペンハイマーが複数の審査会に呼ばれ様々な証人が彼のことを証言する展開が交互に出てくるが、その審査会で何が問題にされているかよく分からないのだ。

弟が共産党員だったという箇所が出てくるので、ああ「赤狩り」かと思うと、原子力安全委員会の査問みたいになり、一体何なのだろうと混乱する。
出てくる人物も多いし、時制も行ったり来たり、画面もモノクロだったりカラーだったり。困ってしまったのだ。
見終わり、解説を読んで理解したのは、左翼活動に親和的で「赤狩り」に巻き込まれこと、また、戦後は反戦活動に転じて、水爆開発に反対したことを「原子力委員会」で追及されたことである。
こちらが悪いのか、映画が悪いのか(?)。軍人のマット・デイモン(好演)と共に、砂漠に研究所を作り、「マンハッタン計画」と呼ばれる原爆開発の研究を進めていく部分は面白い。特に、爆発実験のシーンは緊迫感と大迫力がある。また、音響も凄かった。

その後の原爆成功祝賀式の時、オッペンハイマーのスピーチ中に、突然、客席にいる若い女性の顔が爛れるようになり、画面が白くなり人物が全て消えてしまう描写がある。これで、オッペンハイマーが原爆を作ってしまったことに罪悪感を持っていることが理解される。
この映画では、広島、長崎が全く描かれないが、これでいいのではなかろうか。映画全体がオッペンハイマー自身の眼に映った世界であり、そこに、彼が眼にしていない被爆地の惨状を入れると作品の一貫性が崩れてしまうと思うのだが。

さて、それにしてもオッペンハイマーには愛人がいたことまで赤裸々に描かれ、やるなあと思う(愛人と二人、素っ裸で椅子に座るシーンもある)。
話はよく分からないが、演出は素晴らしい。ただ、結構、重低音の音楽が繰り返される。しかも煽るような音楽なのだ。これは如何なものだろうかと思う。

蛇足だが、いろんな俳優が出ていた。アインシュタインは雰囲気が似ていると思ったら、トム・コンティ。どっかで見た名前だと思ったら「戦メリ」の通訳役か。ラミ・マレック(「ボヘミアン・ラプソディ」)は分かったが、ケイシー・アフレック、ゲイリー・オールドマンはどこに出ているか分かんなかった。キャストくらいは、見る前に調べておくべきか。

監督:クリストファー・ノーラン 出演:レオナルド・ディカプリオ 渡辺謙 ジョセフ・ゴードン=レビット他

監督:クリストファー・ノーラン 出演:レオナルド・ディカプリオ 渡辺謙 ジョセフ・ゴードン=レビット他

好きな映画をもう一本! アカデミーで主演男優賞を受賞したキリアン・マーヒーが、クリストファー・ノーラン監督の映画に出ているのが「インセプション」だ(2010年)。人の潜在意識の中に入り込んでアイデアを植え付けるグループが、悪徳大企業の2代目(キリアン・マーフィー)の夢の中に入り込みミッションを果たそうとする映画だ。

渡辺謙、レオナルド・ディカプリオ、ジョセフ・ゴードン=レヴィット等が登場する。3つのシーン、すなわち、グループが乗った車が橋から川に墜落しようとする、ホテルの中を無重力で動き回る、雪山の敵のアジトを攻撃するシーンが、同時並行で目まぐるしく展開していく。これに、ディカプリオの亡くなった妻(マリオン・コティアール)が登場する幻影のイメージも出てくる。
このシーンが延々と30分以上続き、中々面白い。この映画はスケール大きく時空がどんどん変わり、息を吞むようなハッとする斬新な映像が作り出された点に意味がある。

この映画では、キリアン・マーフィーは言わば騙される方であり、精彩はないが、生真面目でやや線の細い感じは良く出ていた。元々はアイルランドの出身である。イギリスの名匠ケン・ローチのアイルランドと英国の紛争を描く「麦の穂を揺らす風」(2006)の演技が忘れがたい。敵と味方に分かれて戦いあう兄弟の一人を演じた。

(by 新村豊三)

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