哀切すぎる傑作実話「アイアンクロー」(米)、力が漲る実話「Rheingoldラインゴールド」(独)

今年見た映画の中でこれほど、エモーショナルな映画は無かった。「感動」とはちょっと違うのだが、気持ちの昂ぶりが続くのだ。それは、アメリカ映画「アイアンクロー」を見た時のことである。

映画「アイアンクロー」監督:ショーン・ダーキン 出演:ザック・エフロン ジェレミー・アレン・ホワイト ハリス・ディキンソン他

映画「アイアンクロー」監督:ショーン・ダーキン 出演:ザック・エフロン ジェレミー・アレン・ホワイト ハリス・ディキンソン他

「アイアンクロー」(「鉄の爪」の意)と聞くと、我々高齢者世代は、ジャイアント馬場やアントニオ猪木と闘ったプロレスラーの必殺技を思い出す。ものすごい握力で対戦相手の顔を掴んで圧力を加える技だ。この映画は、その実在のプロレスラー、フリッツ・フォン・エリック一家を、4人の子供たちを中心に描いた実話映画だ。

80年代の話である。長男は5歳の時に病気で亡くなっているが、この一家には男ばかり、次男から5男までいる。「世界最強の一家」を目指す父親の下で育った次男のケビンと三男のデビッドは、当然のごとく父親を継いでプロレスラーになる。前半のプロレスの描写は往年の快作「カリフォルニアドールズ」(1981)を思い出すくらいエキサイティングだ。

正直に書くと、まあ、前半はそれほどでもない。しかし、後半は画面に惹きつけられる展開となる。
すべて史実なのだが、次々にこの兄弟を悲劇が襲う。この家族、「呪われた一家」と呼ばれたりもした。あえて具体的には触れないが4男ケリー、5男マイクの過酷な人生には、もう、思い出しても涙するしかない。
役者は筋骨隆々の姿で、リングで飛んだり、跳ねたり、殴られたり、殴ったり、本物と変わらぬプレーを見せる。そして、そのマッチョな体の中に、実は繊細なハートを秘めているのである。その言わば野蛮な肉体と繊細な心の二面性を、俳優たちが的確に表現しているのが素晴らしい。因みに、この一家の母親はキャンパスに絵を描くような一面があり、5男も元々は音楽好きの若者だ。

この家の父親が特別だったのかもしれないが、この時代は、家父長たる父親の力が強かった。息子たちは父親に、“Yes, sir”と答える関係だ。映画のラストで、次男は、弟たちを思い出し、自分の小さな子供たちに涙を見せ、素直に寂しいという気持ちを吐露する。やっと、「男は泣いてはいけない」、強くあらねばならないと言われて育ってきた父親の呪縛から抜け出せたということだろう。
もうひとつ、映画の終盤、ケビンが幻視するシーンも涙なしで見られなかった。幼くして病死した少年の長男も含めて兄弟5人が水辺で集う。兄弟たちは楽しそうに親し気に語らいあう。これほど哀切なシーンはない。

監督:ファティ・アキン 出演:エミリオ・サクラヤ モナ・ピルザダ他

監督:ファティ・アキン 出演:エミリオ・サクラヤ モナ・ピルザダ他

さて、実話について、好きな映画をもう一本! ドイツ映画「RHEINGOLD ラインゴールド」も力作、快作であった。チラシだけ見るとアメリカ映画かと誤解しそうだが、ドイツ映画。監督はトルコ系ドイツ人のファティ・アキン。「そして愛に帰る」「女は二度決断する」などの秀作がある。

この映画はドイツでは知らぬ人がいないというラッパー、カターの名で知られるジワ・ハジャビの半生を描いている。矛盾した言い方だが、重厚な快作。信じられないくらい劇的な話が展開し、爽快なのだが、中近東の歴史や移民社会の現実の重い複雑さを踏まえている。

舞台が次々と変わり、目まぐるしい展開が続く。出だしは、1979年イスラム革命下のテヘラン。音楽家である両親の演奏中に革命軍が会場に乱入し、赤ん坊の主人公は親と共に刑務所に収監。一家はパリ、ボンに亡命する。親からピアノの手ほどきを受けたものの、ジワはドラッグ売人になったり、アムステルダムで用心棒稼業をやったりする。
シリアでは金塊強奪を行おうとするが、失敗し、刑務所にぶち込まれる。印象的なのは、暴力を含めたタッチが、我が国の深作欣二のそれに似ていることだ。スピーディで、しかもずっこけた感じがある。

さて、書いてしまうが、刑務所に入ってからが、この映画の真骨頂。激動の人生を送ってきた主人公が自分の人生を盛り込んで、ラップを書き始め、それを外部で発表し次第に認められていく。正に最後の大逆転だ(なるほど、親は音楽家!事実は小説よりも奇なり、だ)。

特筆すべきは主役のエミリオ・ザグザヤの素晴らしさ。面構えがよく、カッコいい。不屈の男で、実は育ちがいい奴。見事に好演した。
書き落としたが、母親は反イランの闘う戦士でもあった。映画の前半、敵の攻撃を受け逃亡中に洞窟で、ひとりで出産するシーンも強烈だった。ヨーロッパは複雑だが、人が逞しく生き抜いていく。

(by 新村豊三)

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