現在公開中の、実話を元にした重量級の作品2本を紹介したい。韓国とイタリア。共に時代は1970年代の後半。
まず、「ソウルの春」。昨年、人口5000万の韓国で1300万が見た大ヒット映画。歴代の映画の中で、観客数6位。1979年10月の朴正熙(パク・チョンヒ)大統領暗殺後、12月上旬、軍事クーデターを成功させようとする軍人全斗煥(チョン・ドゥファン)と首都警備司令官の攻防を描く。尚、映画では実名は使わず、例えば、全斗煥についてはチョン・ドゥグァンという役名を使っている。
沢山の人物が登場するが、ストーリーは追っていける。ただ、「台詞の字幕」と、「状況説明」の字幕が出るので、両方読んでいくのがやや煩雑である。
前半、映画の展開はやや生硬な印象もあるが、後半一時間の展開は凄い、としか言いようがない。画面にくぎ付けになった。
チョンは、北の守りについている師団を呼ぶことさえ厭わない。警備司令官が体を張ってそれを漢江(ソウル市の東西に流れる河)で止めたりする。軍トップの政治家の国防長官は優柔不断で立場が定まらない。最後に孤立した司令官は、敵の建物の前で、一人鉄条網を乗り越えて、一人でも、国を守る、正義を貫くと言って進んでいく。日本のヤクザ映画のような悲壮感が漂う。
話も面白し、演出もいいし、空間を意識した俯瞰の撮影もいい。歴史ドラマだから結末は分かっているのにハラハラして面白い。全斗煥本人によく似たファン・ジョンミンも、司令官役のチョン・ウソンもいい。
ここからは蛇足。優れた映画を見たという感想は持つものの、何だか、重く、澱のようなものも体に残る。すぐに饒舌に語りたくなってくる映画ではない。それは映画が現実と地続きだからだろう。この後、大統領になった全斗煥による民主化弾圧の時代が続くし、僕と同世代の知り合いの韓国の友人があんな状況で学生生活を送っていたのかと思ったりすると複雑だ。改めて、韓国は、一昔前まで、激動、過酷な時代だったことを痛感させられる。
ネットで調べて、司令官のその後なども知った。のちに国会議員になっている。いろいろと知ることも多くためになる。
監督・脚本は僕が韓国映画で一番嫌いな「アシュラ」の監督であった(笑)。この映画、同じように、ファン・ジョンミンやチョン・ウソンが出るが、血まみれ映画、殺し過ぎ映画、エグ過ぎ映画なもんで。
朝日新聞の監督へのインタビューを読むと、「赤字が出なければいいと思って作った。(大ヒットの理由として)韓国人は、やはり、市民が闘って民主化を達成したので、この時代のことを振り返ると嬉しいのだろう」というコメントであった。
好きな映画をもう一本!「夜の外側 イタリアを震撼させた55日」。前後編、それぞれ3時間近い大作。1978年、イタリアで実際に起きた極左武装勢力「赤い旅団」によるモーロ元首相誘拐事件を、異なる人物の視点から描く構成。特に興味深かったのは、「教皇」のパート、モーロ夫人のパートだ。
映画の前半、モーロ氏が、キリストのように大きな十字架を背負って運ぶシーンが出て来るが、この意味が明らかになる。日本は、人質解放のためにすぐに身代金を払うが、この国では、政府は、要人であっても、メンツのために犯人たちと交渉に応じず、モーロは「キリスト教民主党」を代表した形で犠牲になる。
この6時間という長さがあるから、教皇が秘密裏に犯人たちと連絡を取り、身代金数億を払おうとするエピソード、護衛員が5人殺されるが、モーロ夫人がその夫人たちにお悔やみの電話をするエピソード等も描ける。事件の全体像を描くのに厚みが出た。モーロ、モーロ夫人を演じる俳優は演技を感じさせない存在感がある。
しかし、若干隔靴掻痒の感もある。イタリアの政治や社会の事(この政党が行ったこと、「赤い旅団」のこと等)、時代の雰囲気、現在のことをほとんど知らないからだろう、今一つ深いところを感じ取れなかったのも事実。これは映画の問題でなく、見る私の問題だ。(「ソウルの春」の場合、事件の前後の社会事情がかなり分かっているので、ぐさぐさ、胸に来るのだが)。もうひとつ、「赤い旅団」も現場の末端でなく、上層部を描いてほしかった憾みも残る。
マルコ・ベロッキオ監督は2002年に「夜よ、こんにちは」で同じテーマの映画を撮っている。また作るとはスゴイ執念である。
(by 新村豊三)