芸術の秋だ。しかし、本当に「秋」なのか?都内も10月下旬で気温が30度を超えたし…まあ、気を取り直して音楽関係の映画新作3本と旧作1本を紹介したい。
まず「ボレロ 永遠の旋律」。フランス人のモーリス・ラヴェルが名曲「ボレロ」を作曲する過程を描く。
冒頭のシーンで、いろんな風に世界の音楽にアレンジされた「ボレロ」の演奏が続くのが愉しい。ラヴェルは、女性ロシア人バレリーナに作曲を依頼されるのだが、彼が曲のインスピレーションを得るのが、工場で沢山の機械が駆動し、単純な動きを延々と忙しく続けている様子を見た時というのが面白い。
ラヴェルは、当時の裕福な男性には当たり前の行為だったのか、娼館に行ったりする。娼婦たちが歌うなど面白いシーンもある。
正直、傑作とまではいかないが、丁寧かつ繊細に作ってある。ラスト、延々と「ボレロ」が演奏されるのはファンにはたまらないだろう。もちろん、仏映画である。
次に見た「パリのちいさなオーケストラ」も佳作であった。この仏映画でも「ボレロ」の曲が流れた。アルジェリア系移民の双子の娘が指揮者とチェリストになる実話を基にしている。
二人が高3の時にパリの有名な音楽院に入るところから映画が始まる。観客をぐいぐい引っ張る展開でなく、エピソードを繋いでいく映画で、やや盛り上がりに欠けるところが残念。
しかし、幾つか面白い所はある。指揮者を目指すヒロインは、同級生に女は指揮者になれないと言われたり、金のない移民なので見下されたり、アホな男子学生にからかわれたりする。ここは日本の差別を指弾したNHKの朝ドラ「虎に翼」と重なった。また、指揮の先生が、いかつい風貌で厳しく指導するのがいい。演じるのは「預言者」でコルシカ系マフィアのボスを演じたニエル・アレリュストプ。
この映画、指揮論になっているところがあり、そこにも興味を持った。例えば、「譜面を読めるプロの演者なのになぜ指揮者がいるか?」の問いに、指揮の先生が「エネルギーが集中しすぎる。超越的なものが出せなくなる」、「芸術は人生と同じで、長く生きてこそ、よく理解できる」等である。
ロシア映画の「チャイコフスキーの妻」。これは怪作。ほとんど何の予備知識もなしで見たが、チラシに書かれていた「旋律が戦慄に変わる」というのは中々言いえて妙。映画はチャイコフスキーの妻アントニーナから見た二人の不幸な結婚を描く。
女が一方的に惚れてしまい一緒になったが、チャイコフスキーが全く妻のことを構わない。むしろ疎んでいる。実は、彼が同性愛主義者だからだ。これは当時公然の秘密だったそうだ。この映画、3分の2ほどはまあ退屈である。画面は暗いし、描かれるのは室内ばかりで解放感はない。
しかし、終わりの3分の1の、火災の描写、そしてその後が凄い。何だあこりゃというシーンになる。ええい、書いてしまえ。全裸の男たちが何人も、ボカシなし性器丸出しで現われるかなり長いワンカットシーンがある。この画面はすんごい。これがロシア映画かよ!突然画面に惹きつけられる。これは、将来カルト映画になるのではないか。品ある文芸映画、あるいは音楽映画を期待して見に来たであろう観客の多くは、見終わって何だか茫然という風だった。これも絶対のお勧めと言う訳ではないが、カルト映画として一見の価値がある。
好きな映画をもう一本!1992年の仏映画、「伴奏者」が素晴らしい。時代は第二次大戦中、フランスがナチスドイツに占領されていた頃である。若き主人公ソフィ(ロマーヌ・ポーランジェ)はパリのオペラ歌手イレーヌ(イレナ・ソフォノバ)のピアノの伴奏者として採用され、フランス各地を廻ることになる。
イレーヌの夫はドイツに協力して利益を上げた成金である。後半、この夫妻とソフィが、仏からスペインに越境し船舶でロンドンへ逃げていくことになる。実はソフィには別の恋人がいる。
イレーヌがとても美しく、彼女がソプラノで唄う歌がとても素晴らしい。また、映像全般が品格に溢れていてロマンが香るようだ。尚、夫役のリシャ―ル・ポーランジェとソフィ役のロマーヌ・ポーランジェは実生活の親子である。
ソフィの初恋が描かれているのもいい。ソフィは船の中でレジスタンス運動に身を投じる若い男に惹かれる。恋は実らぬが、戦争が終わってフランスに戻ってくるラストシーンで再会する。余韻が残る。
(by 新村豊三)