ミュージカルにもなる女の映画 「エミリア・ペレス」「ドマーニ!愛のことづて」

女性が主人公で、ミュージカルシーンもある映画を紹介したい。まず、アメリカ映画「エミリア・ペレス」。大変に面白く、後半画面に惹きつけられた。

「エミリア・ペレス」監督:ジャック・オーディアール 出演:カルラ・ソフィア・ガスコン ゾーイ・サルダナ他

「エミリア・ペレス」監督:ジャック・オーディアール 出演:カルラ・ソフィア・ガスコン ゾーイ・サルダナ他

主役の女性カルラ・ソフィア・ガスコンが、アカデミーの主演女優賞に初めてのトランスジェンダー女優としてノミネートされていたが、SNSによる過去の人種差別発言が問題になって女優賞を取れなかった。それも話題を呼んだ。中々いい演技を見せ、受賞してほしかったが。

映画はメキシコの麻薬王が性転換して女になる話である。この映画の大きな特徴は、ミュージカルシーンが沢山登場することだ。ミュージカルとは、普通は、軽やかで美しいものだ。この映画では、ミュージカルの持つ楽天性や軽やかさと、映画の「麻薬王の性転換」ストーリーの奇想とドロドロが、衝突し、軋み合っているような印象だ。

しかし、この映画は成功した。その、濃くてドクドクとしたタッチのミュージカルに惹きつけられる。ラテンの場が舞台であり、言葉がスペイン語で人々が歌い踊ることも関係あるのではないか。とにかく、ミュージカルの可能性を押し広げたことは間違いない。主人公を支える女弁護士が、パーティの席で、テーブルに乗って、「お前ら悪だろう」と、歌うところは凄いなあと思った。

この映画、麻薬王の「悪」が、社会貢献をする「善」となり、「男」が「女」に変わる、つまり、対立する概念をひっくり返しごちゃまぜ混沌にして、人間とはこんなものであり、だからこそ人間だと言っているような気がした。そこが面白い。自分の人間の見方と一致するのだ。

ラストの30分の盛り上がりが素晴らしい。元妻が恋人と共に図って、エミリアを誘拐するシークエンスだ。あるシーンのショットの積み重ね、即ち、弁護士が部屋で苦悩するロングショットを映し、武装グループを映し、外で車を飛ばす、その積み重ねは、これぞ「映画」と言いたい天才的ショットの連続。その後の銃撃戦のシーンは手に汗握った。

エミリアが元妻に、自分の正体を明かすシーンがいい。「許して」と歌う。ミュージカルにして、歌いながら名前を呼び合う箇所は、お見事。あそこでは優しい音楽が静かに流れていた。あれは、愚かな人間たちを、愚かであってもいいと、神が、作り手が、肯定しているような感じだった。そして、衝撃的なシーンが来る。

麻薬王と弁護士との友情もいい。手術の後、弁護士と再会するシーンも好きだ。この女弁護士役のゾーイ・サルダナはとても良かった。アカデミー助演女優賞を受賞している。
何と、監督はフランスの巨匠ジャック・オーディアール。傑作「預言者」(2009年)に次いで、素晴らしい作品を撮ってくれて、メルシー ボク。

好きな映画をもう一本! イタリア映画「ドマーニ!愛のことづて」も佳作。第二次世界大戦直後のイタリアの街に暮らす、家庭での地位が低い中年女性の話だ。モノクロ画面の撮影がなかなかいい。時代を上手く再現していて、名作「自転車泥棒」や「ウンベルトD」を彷彿させる。

「ドマーニ!愛のことづて」監督:パオラ・コルテッレージ 出演:パオラ・コルテッレージ バレリ・オマスタンドレア他

「ドマーニ!愛のことづて」監督:パオラ・コルテッレージ 出演:パオラ・コルテッレージ バレリ・オマスタンドレア他

家父長制の社会で、主人公の夫は、暴力的で、妻を下女か奴隷としか扱わない。朝、ベッドで目覚めて横に寝ていた妻を引っ叩くし、身なりを整えて「娼婦」を買いに行くなんて、いくら何でもと思ってしまうが、これが典型的イタリア男だったらしい。面白いのは、夫が妻に暴力を振るうシーンがミュージカルになる。歌うことで暴力の生々しさを和らげるのだろう。面白い趣向だ。

この映画、暗いだけの話ではない。ヒロインは結構逞しくヘソクリもためているし、心通わす貧しき車の整備工もいるし、駐留中の黒人MPからも親切にされる。
ラスト30分が中々面白い。その好きな男性と家を出て駆け落ちするのだろうと思わせておいて、色々とハプニングが出てきたり、大事な書類に問題が発生したり、映画的に観客を「じらし」続け、ラストのある展開に繋がるのが見事。ええい、書いてしまう。女性に選挙権が与えられ、初めて投票をするのだ。今度は明るいミュージカルとなる。原題の「ドマーニ」、すなわち、「明日」に繋がるのである。このラストは、女たちが沢山登場し、力強さも華やかさもあった。ヒロインが唇をぬぐって、口紅を落とすショットの積み重ねが、映画的に効果的だ。この女優さん、僕好みで、中々いいなあと思っていたら、失礼しました、監督さんだった。有名なコメディアンとのことだ。

(by 新村豊三)

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