角川春樹のインタビュー本を興奮しつつ読んだ。大変に面白い。映画本として、10年に一冊の本だと思う。2021年に単行本が出て、加筆・修正され、文庫本として今年3月に発売されたものだ。『完全版 最後の角川春樹』
聞き手は、伊藤彰彦という、力のある映画史家。「北陸代理戦争」(1977年)の事をレポートした「映画の奈落」(2015年)もメチャクチャ面白かった。
角川氏は、自分の学生時代から「犬神家の一族」(1976年)を始めとして、話題作を沢山発表し、出版・映画界の風雲児と呼ばれ、毀誉褒貶が大きかった。映画と本の宣伝をくっ付けたメディアミックスを行い、社会的現象となっていた。
題名だけ知っていても見に行かなかった作品も多いが、「蒲田行進曲」(1982年キネ旬1位)、「Wの悲劇」(1984年2位)「麻雀放浪記」(1984年4位)など評価の高かった作品も多い。第一作「犬神家の一族」(1976年)もキネ旬5位、読者のベストテン1位であった。
また、薬師丸ひろ子、原田知世などのアイドル映画で、我々を喜ばせ楽しませてくれた。周知のように二人とも現在も活躍している。
実は、角川春樹については、人物についても関わった映画についても漫然とした印象しかなく、つまりは、よく知らなかった。彼はスケールの大きい人物で、「復活の日」では南極ロケを敢行したり、やることなすこと派手だが、覚醒剤をやって実刑を食らい刑務所に2回、通算4年半服役もして波乱万丈な人生を送って来た。結婚離婚も繰り返した。20代で妹が自死する経験もした(原因不明)。弟には裏切られる。しかし、俳人としては超一流で、様々な賞を受賞している一面もある。
今回、人物像だけでなく、角川映画史を深く知ったが、それは取りも直さず、日本映画史の大きな流れを知ったということである。また、当然、見ている映画が多いので、自分のその時々の事も思い出されるし、言わば、期せずして自分の映画史や人生を振り返ることにもなった。
この本が面白いのは、映画製作の裏話がふんだんに載っていることだ。初めて知ることばかりだった。少し列挙する。
〇「蒲田行進曲」では深作欣二監督と原作のつかこうへいが揉めた。深作は、銀ちゃんのキャスティングは松田優作で行きたいと言う。結局、つかの希望で風間杜夫にしたが、ヒロインは深作を立てて松坂慶子に。
〇「探偵物語」のラスト、空港のシーンで、根岸吉太郎監督と優作が衝突し、結局、優作の案が採用された。
〇「麻雀放浪記」に、優作が「ドサ健」役として出るのを希望し、角川が、監督をする和田誠と合わせたが、和田と優作は一言も口をきかなかった。
〇「月はどっちに出ている」(1993年)では製作者の一人だったが、大麻事件が発覚したため、公開直前に名前を外すよう指示した。
この他にも、角川が収監中、他の受刑者に俳句を教え、病気療養中の母親(育ての親)に早く会いたいため、模範囚となって刑期を短くしたなどのエピソードが出て来る。尚、生母とは生き別れ、ずっと付き合いがなく、死に目にも会っていない。
さて、角川春樹は自らが監督した作品が4本あるが、最後の作品は2020年10月公開の「みをつくし料理帖」である。この作品を配信で見たが中々いいのだ。

「みをつくし料理帖」監督:角川春樹 出演:松本穂香 奈緒ほか
江戸時代、大阪の大水で親を亡くした少女みお(松本穂香)が江戸の小さな料理屋で修業を続けて、段々と、世の中に認められていく人情ものである。野江という名の幼友達(奈緒)がいて、その子が吉原の大夫になり、お互い、陰に日なたに支えあうのがいい。
薬師丸ひろ子、石坂浩二(「犬神家の一族」)といった角川映画の主役たちが脇を締めている。出される数々の料理も美味しそうである。
角川は豪快で破天荒な人物だが、意外や、この、少女が主役の映画については、演出も、派手なところがなく、手堅く清明であり、暖かい色を基調に撮ってある。ラストの盛り上がりがあればもっと良かったと思うが、見ごたえのある佳作だ。
この映画の公開は、あのアニメ「鬼滅の刃 無限列車編」とぶつかったのである。コロナ禍、映画に飢えた中高生がこの映画に群がった。私も、映画館で「鬼滅」の方を選んでいる。この不運も角川らしい。しかし、運命に敗れさった訳ではなかろう。
彼の最期の闘いは、日本から本の文化を絶やさない事、本屋を応援することである。その活動を伝える最終章の件も中々感動的だ。本好きの元首相石破茂との交流も読みごたえがあった。
(by 新村豊三)