〜前回までの登場人物〜
点田はじめ(てんだ・はじめ)……「まるあげドーナツ」の学生アルバイター╱天晴(あっぱれ)大学の学生╱ベーグルが好物╱鳩が苦手╱販売担当
鼻田八戸宗(はなだ・はとむね)……「まるあげドーナツ」の学生アルバイター╱天晴大学の学生╱通称「ハトムネ」╱身長2メートル╱鳩胸で鳩顔╱販売担当
円田揚治(つぶらだ・ようじ)……「まるあげドーナツ」店長╱ドーナツを愛する男╱金太郎のような丸顔
美田薫(みた・かおる)……「まるあげドーナツ」の新人アルバイター╱76歳の老紳士╱身長1メートル80センチ╱新作研究助手
女田ワカ(めた・わか)……「まるあげドーナツ」の主婦パートタイマー╱自称24歳╱本当は74歳╱アルバイト歴21年╱販売と品出し担当
苦田綺麗(にがた・きれい)……「まるなげベーグル」店長╱「まるなげドーナツ」と敵対関係╱美人すぎる╱性格悪い
弱田世鷲(よわた・よわし)……「まるなげベーグル」の学生アルバイター╱天晴大学の学生╱「まるあげドーナツ」から転職╱小心者╱スパイ
牛田(うしだ)さん……カタツムリ╱ドーナツが好物
鳩(はと)……ハト目ハト科カワラバト属カワラバト(ドバト)
動物(どうぶつ)たち……二足歩行╱ポシェットをたすき掛け╱ドーナツが好物╱純金の100円玉を所持
ひとみ……頭に赤いリボンをつけた鳩╱言葉を話す╱鳥締役社長
柴田(しばた)……柴犬╱二足歩行╱ポシェットをたすき掛け╱言葉を話す╱ひとみ経営のドーナツ店の店員
貫田(ぬきた)……タヌキ╱二足歩行╱ポシェットをたすき掛け╱言葉を話す╱ひとみ経営のドーナツ店の店長
外から自分を呼ぶ男女二人の声を聞いたひとみは、
「ポ!」
と首を伸ばしたまま体を固まらせてしまったが、そんなひとみを肩に乗せたハトムネは、
「ひとみさん、誰か来たみたいですねぇ」
と言いながらひとみの様子など気にせずに、声のする方、入ってきた出入り口へと戻り外に出た――すると、そこにいた声の主は高齢の男女二人で、知っている顔である! 慌てて後から外に出てきた点田も、もちろん知っている顔だ!
「あ、美田さん!」
男性の方は、まるあげドーナツの老紳士アルバイターの美田薫! 女性の方は名前は知らないが、まるあげドーナツの常連客の白髪を紫色に染めた背筋の良い女性であり、その二人は、身長2メートルのハトムネの前に走り寄るとおもむろにハトムネを左右からグッと強く抱きしめ、
「ひとみ!」
「ひとみちゃん!」
と涙声になっているのであるが、ひとみを肩に乗せたまま高齢者二人に抱きしめられているハトムネはたまったものではなく、
「美田さん、や、やめてください」
と言った拍子に例の「ボッボボー!」という例のくしゃみをすると、その迫力に二人と一羽は正気に返ったようで、
「あ、ハトムネくんか……」
「ひとみちゃんしか目に入っていなかったわ」
と、二人はやっとハトムネから離れたが、視線はハトムネの肩のひとみに注がれており、そのひとみの瞳は少し潤んでいるようにも見え、
「ポポ……父サン、母サン……」
とつぶやくと、両翼を二人の方に伸ばしかけたが、ぐっと堪えたようにその翼を左右に広げ、
「ポポー!!!」
と悲しげな鳴き声とともに、青い空へと飛び去ってしまった!
「待ってくれ、ひとみ!」
「ひとみちゃん、行かないでっ!」
二人は、大空の中、小さくなっていくひとみを引き止めるように盛んに声を張り上げて手を振り、名前を呼んでいたが、ついに姿が見えなくなると虚脱し座り込んでしまった……その時、ハトムネと点田が、
「美田さん、大丈夫ですか?」
「そちらの女性は、常連のお客様のようですが?」
と続け様に質問をしたので、美田は朦朧としながらも、
「私の妻の滋(しげる)だよ」
と答えると、
「主人がお世話になっております」
と美田の妻、滋は立ち上がり、丁寧にハトムネと点田に白髪に紫色のメッシュが入った頭を下げると、点田は、
「いつも、買いにきてくれてますよね?」
と思わず聞いたところ、滋は、
「……はい、今日も朝一番で買いに来たんですが、ちょうど、ひとみちゃんが現れたと主人から聞いて……しかも、レシピを持ち去って! それで、店長さんにかかってきた電話の場所へと二人で急いで来たのです……」
と答え、夫の美田薫に助けを求めるように視線を泳がせたので、美田は「うん」と言い淀んだ後、決意したように、
「こうなったら、もう黙っていられないな」
と滋とともに語り始めた――
「10年ほど前の月の綺麗な夜、このささやき市民公園を夫婦で散歩をしていたとき、私たちは、小さく悲しげに鳴く鳩の声を聞いたのだが、その声の方に向かい歩いていくと桜の大木が現れ、その下で鳴き続ける鳩の雛――ひとみと、そのかたわらには、つがいらしき成鳥の鳩2羽の死体が横たわり、さらには、割れて萎んだ風船があったんだ」
「私たちは、亡くなっていた二羽の鳩をその桜の大木の下に埋葬し、その鳩の雛を連れて帰り、ひとみと名付け育てることにしたんです」
「ひとみは、普通の鳩とは違っていて知能が高く、言葉も覚え、なんでもできた」
「本当の娘のように可愛がって育てたんです……」
「しかし、ひとみは、ある日、家を出て行ってしまったんだ」
美田夫妻は、揃って肩を落とし、
「あれは、親子三人でカラオケに行った翌日の朝、ひとみちゃんは、『父サン、母サン、ドウシテモ、私ニハ……無理……探サナイデクダサイ』という置き手紙をして、ほんの少しの荷物だけを持ち、いなくなったんです」
「私たちは、精一杯、ひとみを愛した……しかし、何かが足りなかったのかもしれん」
「しかも、ひとみちゃんが人様のものを盗むなんて……!」
と話し続けて涙をハラハラと流したのであるが、その時、店の入り口から現れたのは、コック帽を被ったタヌキの貫田であり、
「お話し中、失礼ですが、ひとみさんのご両親ですか?」
と言うと、美田夫妻は「はい」と返答したので、貫田は合点がいったというふうに丸い腹をポポンと叩き、
「言っていいのか分からないが……」
と思案げな顔で前置きした後、
「ひとみさんから聞いた話なんですが……」
と美田夫妻の真剣な眼差しと、点田とハトムネの興味深そうな眼差しとに向かい、話しだしたのであった。
(つづく)
浅羽容子作「イチダースノクテン 9」、いかがでしたでしょうか?
ボッボボー、ボッボボー! やはりこの物語のキーパーソン? キーバード? キー鳩? は鳩だった気がしてくる今回、最初からただならぬ存在感を放っていたアルバイター・ハトムネですが、さらに存在感7割増(初回比) いえいえそれよりひとみちゃんです、ひとみちゃんが父母の元を去るには世にも悲しい物語がありそうで、気になる気になる! これはもうドーナツ食べ食べ、ハンカチ2枚用意して(油まみれのお手拭き用&涙拭き用)、待て、次号!!
ご感想・作者への激励のメッセージをこちらからお待ちしております。次回もどうぞお楽しみに。
※ホテル暴風雨にはたくさんの連載があります。小説・エッセイ・詩・映画評など。ぜひ一度ご覧ください。<連載のご案内>