僕は電気を売りながら、その男の事をチラチラと観察していた。
片腕がないその男の所には、少し裕福そうな客が訪れてきているようだった。
客たちは並べられた壺の中を物色して、それらの電気を買っていった。
どうやら、男は少し高級な電気を扱っているようだ。
僕は意を決して、その男の所へと向かった。
そして、いつものように商売仲間に気軽に話しかけるような口調で
「やあ、おじさん、景気はどうだい?」と話しかけてみた。
しかし男はジロリと僕の事を睨んで言った。
「なんだ小僧。要件があるなら、さっさと言え」
男の瞳は、とても黒く、僕の住む所では、まず見かけない顔立ちをしていて、白い顎ヒゲをたくわえていた。
その黒い瞳は、何もかもを見抜くかのようだった。
僕は男の発する気配に圧倒されながら、言った。
「山で電気が取れなくなって、困っているんです。どこでその電気が取れるのか教えてください!」
「フン。ワシも商売で電気を売っている。そんなに簡単に、おまえに教えると思うかね?」
やはり、そう簡単には聞き出せないようだ。
そこで僕は、さも気の毒な子供に見えるように、少し泣き出しそうな顔をしながら言った。
「・・・・僕のお母さんは病気なんです!なので、僕が電気を売らないと、生きていけません。
妹はまだ小さくて、お金がないと、学校にも行かせられません。お願いです、教えてください!」
しかし、どうやら相手が悪かったようだ。
「小僧、その手はワシには通用せんぞ。だが、商売人としては、なかなかうまい手だ。
そんな事より、何か交換条件はあるのかね?ワシの教える事の見返りとして」
僕が黙り込んでいると、男は僕がポケットに刺しているセラミックナイフを見て言った。
「そのナイフを見せてくれんかね?」
男が左腕を差し出したので、
僕は恐る恐ると、ナイフを取り出して、男に手渡した。
男はナイフを手に取り、強く握りしめ、左右に振った。
「・・・フム。これは、なかなかの物だな。ここまで上質なセラミックナイフを作る事の出来る鍛冶屋は、あまりいない」
男は片目をつぶり、ナイフを太陽の光にかざして、しばらくそれを見た。
「ここまで年季の入ったセラミックナイフは、自ら明かりを発し、電気をも切り裂く事ができる、と聞く。・・・・もしこのナイフをワシに譲ってくれるのなら、どこで電気が取れるか教えよう」
このナイフは僕のお父さんの形見だ。
でも、何の収穫もなく家には帰りたくはなかった。
背に腹は変えられない。
「分かった。電気の取れる所を教えてくれたら、おじさんに、そのナイフを譲ろう」
「おじさんと呼ぶのは、やめてくれんかね、エレン。ワシの名はフレムという」
フレムと名乗った片腕がない男が、僕の名を言ったので、僕はびっくりした。
「どうして僕の名を知っているんですか?」
フレムはそこで、初めてニヤリと笑顔を見せて言った。
「エレン、ワシはここの市場の事はなんでも知っておる。おまえが、とどろき山からやってきていて、『電気売りのエレン』と呼ばれている事もな」
どうやら男は僕なんかよりも、はるかによく市場の事を知り尽くしているようだった。
「エレン、もうひとつ条件がある。おまえの馬だ。最近、ワシの馬が高齢で死んじまってな。
あの馬をワシに譲るのならば、おまえを海まで連れて行き、電気の取り方を教えよう。
おまえの、あの馬はとてもいい馬だからな」
僕はそこで言葉につまってしまった。
馬のジョーは、僕の友人と言ってもよかった。
ジョーを人の手に渡すなんて考えられない事だったが、僕の帰りを待ちわびている、お母さんとレーチェルの事を思い、決心を固めた。
「分かりました。もし僕に電気の取れる所と取り方を教えてくれたら、ナイフとジョーをあなたに差し上げます。・・・・でも、全てが終わってからだ。
海で電気を取る事ができたら、その時にナイフとジョーを、あなたにあげます。それが僕の『条件』だ」
そう言いながら、本当に僕は泣き出しそうになっていた。
――――続く
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