森の中に、若いけれども、とても見窄らしい木がたっていた。
その木は貧弱であまり実を実らせる事が出来ず、したがってその木には鳥や動物は見向きもしなかった。
その若い木はまわりにいる、立派な木々を見てはため息をついた。
他の立派な木々にはいつも、樹液や果実を求める鳥や動物が群がっていたからだった。
いつの日か若い木は、立派に育ち、森の人気者になる事を夢見ながら日々を過ごしていた。
ある寒くて冷たい雨が降る夜の事。
見るからに見窄らしい動物が、雨と寒さを凌ぐために森へと入ってきた。
それは人間だった。
しかし他の木々の下には、すでに熊やオオカミなどの先客がおり、大きな木の下で雨を凌ぐ事は出来なかった。
しかたがなく、人間は若いが見窄らしい木の下へとやってきた。
若い木には葉が十分にあるとは言えなかったが、一人の人間ぐらいはやっと雨を凌ぐ事が出来たのだった。
見窄らしい木と見窄らしい人間。
とてもお似合いだと言わんばかりに周りの木々は、若い木と人間を見て葉っぱを揺らせながら笑うのだった。
若い木は、しばらく人間の事を観察してみる事にした。
人間は体に動物の毛皮を纏っており、臆病そうな目をぎらつかせながら、動物が彼を襲ってはこないかと警戒していた。
人間はとても弱々しそうで、とてもではないが、過酷な大自然で生き抜いていくのが難しそうに見えた。
しばらくすると、その人間はまわりから枯れた枝を拾い集め始め、毛皮の中から石をふたつ取り出すと、それを叩きだしたのだった。
いったい何をしているのだろうか? と思いながら木は人間を見ていると、急に木の下がパッと明るくなった。
人間は火を起こしたのだった。
集めた枝に火が燃え移ると、周囲は昼間のように明るくなり、見窄らしい若い木は火で赤く照らされ、とても立派で美しい木に見えた。
森の木々はそれを見て、一瞬ではあるが驚嘆の声をあげた。
そこで若い木は、その人間にコンタクトを取ってみる事にした。
「…… もし、私の根元にいらっしゃる人間。なかなか見事なワザを持っていますね! 」
「私の特技といえば火を起こす事ぐらいです。……それ以外には、人間はとてもとても弱い生き物です。他には何も取り柄はありません」とその人間は答えた。
とても謙虚に答える人間の事が、木は気に入った。
「いえいえ、そんな事はないですよ! 他の動物はそんな事、出来やしません。
……ひとつお願いがあります」
「なんでしょうか?」
「ご覧のとおり、僕はとても見窄らしい木です。
僕の枝になっている果実を差し上げますから、いつの日かここへ戻ってきて、僕をもっと立派な火で照らしてほしいのです。きっと他の木は僕の事をうらやましがります! 」
そう言いながら木は枝になっている果実を、人間がいる所へと落としたのだった。
人間は果実を拾い上げると木に言った。
「ありがとう、若い木よ。……約束しよう。いつの日かここへ戻り、君を立派な火で美しく照らしてみせよう! 」
夜が明け、雨があがると人間は森を立ち去っていった。
そしてそれから100年経った。
木は待ち続けた。
木はすでに大きく育ち、鳥や動物達も集まるようになっていた。
しかし木は人間がいつか戻ってくるのを、一番の楽しみに生きていた。
500年経った。
しかし人間はまだ戻っては来なかった。
木は不安になった。
本当に人間は戻ってくるのだろうか?
だが、木は人間の約束を信じていた。
だから木はもっともっと大きくなる事にした。
1000年経った。
知っている周囲の木々はすでに死んでおり、世代交替していた。
木は大木になっており、周囲の木々からは生き神として慕われるようになっていた。
木は動物や他の植物達の良き相談相手だった。
1000年も生きていれば、何でも知っていると思われていたのだ。
しかし、木はまだ自分の願いを叶えてはいなかった。
だからまだ枯れる事は出来なかった。
何回となく木は嵐に倒され、稲妻に焼かれたが、その度に木は蘇ったのだった。
そして2000年が過ぎた。
その頃には木は未来が読めるようになっていた。
だからいつ人間がやってくるかは知っていた。
それは今日だった。
2000年前のあの頃と同じ人間ではないが、その子孫ではある事を木は知っていた。
木は穏やかな気持ちで、静かにその時を待っていた…… 。
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男はその木を見上げ、唸った。
このような巨大な木が、手つかずで森の中に残されていた事は驚きだった。
…… 樹齢は1000年ぐらいだろうか? いや、幹の太さを見ると、 2000年はたっているのかもしれない。
しばらく、その巨大な木を眺めていた男は、ふと何かを思いつき、村の自分の家へと向かっ
た。
男は電気技師だった。
家に戻った男は、何台かの投光器をトラックに積み込むと、再び森へと戻ってきた。
そして投光器を巨木の下に設置し、男は夜を待った。
日が暮れ、森は次第に暗闇に包まれ始めた。
すっかりと暗くなった頃を見計らい、男はトラックに積み込んだ発電機のスイッチを入れた。
ガーッと音をたて、発電機が稼働を始めると、木の下に設置した投光器の明かりがつき、
巨木は闇夜の中で鮮やかに照らし出された。
何故男はそんな事をやるのかは分からなかったが、木を見ていると、やらなければいけないような気がしたのだ。
光りに照らされた木は、闇夜の中ひときわ美しく見え、とても誇らしげに見えた。
巨木が明かりに照らされると、急に森が静まり返り、木々がその巨木を見ているかのような気が男はした。
…… もしかすると大昔の人間は木と会話をする事が出来たのかもしれないな、と男は巨木を見ながら思った。
男は何故か、ひとつ約束を終えたような、満足な気分に満ちていた。
男が空を見上げると、木々の間からまたたく星空が見えた。
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