広い心

今日も極楽浄土は、良い天気。
仏様は、蓮茶を飲みながら蓮の池のあたりを、優雅に散歩をしていました。

「ん、そういえば最近、地上の様子を見ておらんな…… 」
そう思った仏様は、蓮の池を覗きこみ、地上を窺ってみたのですが、近年大気を覆っているPM2.5の影響で地上がよく見えません。
それでも仏様が目をこらすと、なんとか下界を見ることができました。

そこに見えたのは、爆発的に人口が増えた下界の様子でした。
「おやまあ、おやまあ。よくぞ、ここまで人が増えたもんだわい。まあ、人類がここまで発展できたのは、素晴らしい事だがね…… 」

しかし仏様がよく観察をしてみますと、なんだか人々が息苦しそうにしています。
「フ~ム。人が増えすぎたので、地上が狭くなったのだな…… 。たぶん、ストレスであろう」

実はといいますと、仏様は心のスペシャリストだったのです。
仏様は自らの仏法を用い、何千年にもわたり、人々の悩みを癒してきました。
ここは仏様の出番。なんとかして、仏様は人々のストレスを軽減させなければ、いけません。

「そうだ、良いことを思いついた!」
仏様は蓮茶を下に落とし、ピョン、と飛び上がりました。
自分の思いついた計画に酔いしれた仏様は、その計画をさっそく実行に移す事にしました。

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増男は、今日も混み合った電車に揺られ、家路に向かっていた。
ここ数年で、電車の中の様子が随分と変わってきたな、と増男は考えていた。

人々は皆、スマホを手に、一心不乱にSNSの画面をスクロールしたりしていて、まるで周囲の人々なんか居ないように振舞っている。
便利な世の中になったのだが、かえって人々との距離が遠くなったような気がしてならない。
しかし、そう思いながらも、増男もスマホが手放なせなくなって久しい。

増男はため息を、ひとつついた。
家に帰ってもそうだったのである。
妻の沙坐江も、パソコンばかり見ていて、旦那の事なんかお構いなし。
(どうやら沙坐江は、タカラヅカにはまっていて、家に帰っても、その話ばかりしていました)

義父の奈美平も、そう。
義父は、インターネットを使い、政治論争ばかりを繰り広げ、家族の誰とも話をしようとしない。
息子の太良はゲームばかりで、外に遊びにもいかない。
いったい世の中、どうなってしまったのだろうか?
増男が、またため息をつくと、電車が駅に着き、扉が開いたので、多くの乗客とともにプラットホームに降りた。

見ると、近所に住む並野もプラットホームに降り立っていた。
声をかけてみたが、並野はスマホを食い入るように見ており、増男の事なんか気にもとめなかった。
増男は、その日で数える事109回目のため息をつき、トボトボと家路についた。

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仏様は下界の様子をうかがい、しめしめ、という表情を浮かべながら、蓮茶を口に運びました。
自分の思い描いた計画が、着々と進んでいる事に、仏様は満足しました。

下界に人が増えすぎ、狭くなったので、仏様は人々の心を広くして、皆がなかなか出会わないようにしたのです。

「人々は、みんな不思議に思っているだろうな…… 。どうして家族でさえ、こんな距離が開いているのだろう、と。しかし、人と出会えた時の喜びは、きっと大きいであろう」

仏様は、蓮葉が入ったポットにお湯を注ぎ、茶の味がお湯に染み渡るのを待った。
今日も極楽浄土は、とても良い天気でした。

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