芋虫は葉っぱを食べ続けた。
何も考えずに、ひたすら葉っぱを食べ続けていた。
周りを見渡すと、植物の葉は芋虫に食べ尽くされていた。
しかしそれでも、芋虫の食欲は収まる事はなかった。
芋虫は他の木の幹へと移り、そこに生い茂る葉っぱも食べ始めた。
―― 他の昆虫達は芋虫の事を迷惑そうに、または見下すように見ていた。
「なんという醜く、いじきたない生き物なのだろう」
他の昆虫は芋虫をそのように見ていた。
しかし、芋虫自身はそんな事はまったく気にならなかった。
周りの環境がどうなろうと、自分の姿が醜かろうが、そんな事は芋虫にはどうでも良かったのだ。
まるまると太った芋虫は、ある日食べるのを止め深い眠りについた。
夜中になり月明かりが芋虫を照らし出すと、芋虫の体中から糸が吹き出した。
芋虫は自分の体に起こっている変化を成るにまかせた。
そしてやがて糸が太った芋虫の体をすっかりと覆い尽くした。
―― 暗い静寂に包まれた芋虫は、更に深い深い眠りに入った。
そこで芋虫は声を聞いた。
それはどうやら芋虫に語りかけているようだった。
「…… 誰ですか? この惨めな僕に呼びかけるのは? 」
芋虫はその声に言った。
「どうやら君は、生きようという意思をすっかりと無くしているようだね」
とその声は答えた。
「誰ですか、あなたは? 」
光も音もない暗闇で、声の主が芋虫に返事をした。
「私は…… この世の全てだよ」
「この世の全て? つまりあなたはこの世の創造主、という事ですか? 」
「まあ、なんとでも呼べばいいだろう。私の事を創造主と呼ぶ者もいるね。しかし名前なんてどうでもよかろう。私の事を呼んだのは君かね? 」
芋虫はぼんやりとした意識の中で、声に答えた。
「いや、僕はあなたの事を呼んだ覚えなんか無い」
「君は心の中で問うたではないか。なんの為に生きているのか、と」
「確かに僕は心の中でそのように言った。しかし、創造主を呼んだ覚えなんかないですよ」
「問うという事は、答えを求めているという事じゃないか。私が答えそのものなんだよ」
「…… やめてくださいよ、宗教の勧誘は。僕は宗教なんかに興味はないんだから」
「宗教は人間が作った物だろう? 君は昆虫なんだから…… 」
「いや、ですから僕はあなたと漫才をやる気もないんですってば。もう、ほっといてください」
「しかし、そう言いながらも君は依然として問う事を止めていない。問う事を止めていないから私が答えている」
少しイライラしながら芋虫は声に向かって言った。
「あなたは誰なんですか?」
「 ―― だから言ったじゃないか。私は問いに対する答えである、と」
「ははあ、分かったぞ。これは僕が眠りの中で自分で言っている自問自答なんだ」
少し間をおいて、声は芋虫に答えた。
「なんとでも解釈すればいいだろう。しかしそれは君が生きる事を止めていない何よりの証拠なのだから」
「いや、僕はもう生きるのにバカバカしくなりました。ただブクブクと太る為に食べて一生を終えるのが。だからこのまま眠りにつかせてください……」
「それが本当の君の望みならば、そうすればいいだろう」
と声が芋虫の事を突き放すように答えた。
「…… あれ? 助けてくれないんですか? 」
「私は誰も助けはしない。私に出来る事は全ての生き物の選択を尊重する事だけだ」
「…… まったく、神も仏もないですね」
芋虫がそのように言うのを聞き、声は少し怒ったようにして言った。
「どうやら君は私の事をよく理解していない。私は、その『選択』あるいは『プロセス』その物なのだよ」
「プロセスに人格なんかあるんですか? 」
「だって君は、現に私に話しかけているじゃないか! 」
「あの~、もう少し芋虫の僕にも分かるように言ってもらえませんか? 見てのとおり、僕は知能があまり高いとは言えない生き物ですから…… 」
どのように切り出していいのやら、困っている風だった声は、芋虫に説明を始めた。
「分かりやすく言えば、私はこの宇宙に存在する全ての『可能性』そのものだ。そして、宇宙の材料を使って何を成すかを選択するのが君という存在なのだ。 ―― 太陽は宇宙に漂うガスを使って自ら輝く事を選択した。 地球は太陽の重力を利用して、太陽の周りを回転する事を選んだ。 地上の植物は、太陽の光を糧にして地上に花を咲かせる事を選択した。そして、君たち昆虫は植物と共に、地上で生きていく事を選択した。 ―― 創造や進化とはそういう事なのだ。
この選択、プロセスが私という存在だ。
君は選択をしなければいけない。 自らの意思で選択さえすれば、君は奇跡を目撃する事が出来るかもしれない。 ……奇跡を見たくはないのかね? 」
――――つづく
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