花火師3

これは何かの冗談なのか遊びなのか、と弟子は思ったのだが、
しかしどうやら花火師は真剣なようだった。
真剣だという事は、とうとう気がふれたのかと、弟子は不安になりながら恐る恐る聞いた。
「・・・先生、どうしますか?導火線に火を付けますか?」

「まて!!向こうから合図があるまで待つのだ」
と花火師は弟子に言い、タバコに火を付け草むらに腰を下ろし、鋭い目付きで星空を見上げた。

師匠が天気を読む名人だという事は知っていたが、星空と対話をする人だとは夢にも思わなかった。
人には、色々と周囲の者にすら窺い知れぬ側面があるものだ、と考えながら弟子も草むらに腰を据えた。

「ワシはな、この日のために、世界中から希少な火薬を取り寄せたのだ。
おまえらに負けてなるものか、そう思いながらこの作品を作り上げた・・・・。
いわば、これはワシの人生の集大成と言ってよいだろう」
独り言のように、花火師は言った。
弟子はなんと答えていいか分からず、師匠の語る言葉を聞いていた。

30分ぐらい経っただろうか。
暗闇の中で花火師の息の調子が変わったのを弟子は聞いた。

花火師は立ち上がり弟子に告げた。
「今だ!合図があった!!火を付けろ!」

弟子は師匠の言葉に従い、導火線のスイッチを入れた。

シューッという音をたてながら導火線が燃えてゆき、本体の筒の中に火が入っていき、しばらくして、巨大なズボッという音をたて十五尺玉が火に包まれながら空に飛んでいった。

はるか上空に上がっていく十五尺玉と、それが描いていく軌跡を見つめ弟子は言った。
「ずいぶんと高く上がりますね」

「あまり低い所で炸裂をすると、山に火がつくからな!」
花火師はタバコを右足で踏み消しながら言った。

数秒後、空の彼方で十五尺玉が炸裂した。
最初、それは暗くて青白い明かりだった。
その青白い明かりの中心で、突然に一層に眩しい光が輝き、周囲の山々が真っ白に照らされた。
そしてその光を中心に、四方に金色と銀色に輝く渦巻き状の星々の花が開いていった。

今まで聞いた事もない巨大なズガアアーンッという音が二人の元に届いた。
空に花開いた巨大花火は、宇宙の誕生、そして銀河の誕生を思わせるかのようだった。
弟子は呆気にとられれ、それを眺めた。

空いっぱいに、ゆっくりと渦巻き状の銀河が広がっていった。
やがて、そのひとつひとつの星々が、ゴーッという音をたてながら明るく輝きだした。
そのうちのいくつかは、まるで太陽のように赤く、あるいは黄色く輝き始めた。
よく見ると、その太陽の周囲を小さい星々が回転していた。
小さい星のひとつは、最初は赤く、やがて青く輝き太陽の周りを回っていた。

「先生!あれは地球ですね!そうですね!見事です!本当に見事な花火です!」
弟子は感極まり、師匠に告げた。
花火師はただニヤリと笑い、黙って空を見つめた。

そして、空いっぱいに広がった銀河は、徐々に力をなくし、ザーッという音をたてながら、ゆっくりと地上に落ちていった。
キラキラと舞い降りる幾百もの星々の残滓を見つめながら、花火師は黙って空の彼方を見ていた。

「どうだ!!星空よ。これがワシの50年の集大成だ!なんとか言ったらどうだ?」

しかし星空は何ひとつとして答えなかった。

花火の残滓が消え去り、周囲が再び暗闇と静寂に包まれた。
花火師はうなだれ、ガックリと膝を草むらに落とした。

とその時、大気が揺らいだせいなのか、星空全体が一瞬、瞬いたかのように見えた。

花火師は立ち上がり、弟子に言った。
「見たか?!いま星空が一瞬だがワシに屈服したぞ!!」

「そうなんですか?私には星空全体が瞬いたように見えましたが・・・・」

「そうだ!!星空は、いや宇宙はワシの花火に歓声を上げたのだよ!!聞こえなかったかね?」

そろそろ病院を呼んだほうがいいのだろうか?と考えながら弟子は言った。
「つまり、宇宙は先生の花火に負けたのですか?」

「バカを言うな。宇宙が負けるわけ無いだろう?しかし、一瞬だが宇宙はワシの花火を認め、それに屈服したのだよ!こんな愉快な事はそうそう無いぞ!!人間が自然や宇宙に対抗して勝てる訳が無いのに。しかし、一瞬ではあるが人が宇宙と勝負をして勝つ事が出来たのだ!!」
・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・
山道をおりながら花火師は弟子に言った。

「ワシはもう引退をするよ」

「なんですって?しかし先生の腕はちっとも落ちてはいません。今の花火を見てもそれは十分に分かります!」

「ワシにはもう思い残す事はあまり無いのだよ・・・・。まだお前は未熟だが、見込みはある。お前がワシの後を継げ。もう十分に技術は伝授してある。
後は何を表現するかの問題だよ。・・・・なに、その内ワシが何を言っているのか分かる日が来るだろう」

「・・・・・・・・・・・」
花火師の話を聞きながら弟子は、職人とはこんな変人ばかりなのだろうか?と考えていた。
もし後を継いだら、自分もドンキホーテのように宇宙に勝負を挑むようになってしまうのだろうか?
花火師の弟子はこの世界に踏み入れた事を少々後悔しつつ、一方では花火師の親方を継いだ事を喜び、未来を思い描いていた。
花火師とその弟子の頭上では天の川が煌めき、足下の草むらからは虫の音が聞こえていた。

もう、秋も近くなっていた。

――――完


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