電気売りのエレン 第26話 by クレーン謙

「レイのお父さんって、行方不明になったんですって?」

マヤがそのように言うのをきいて、ボクは驚いた。
クラスメートの誰にも、お父さんの事は話をしていないからだ。
でも、先生なら知っているんだろうな。
そしてマヤは、先生とは仲がいい。

「私、小さい時、一度だけ、レイのお父さんに会ってる。とても優しそうなお父さん。
・・・・ねえ、いつからお父さん居なくなったの?」

そうだった。たしか、小学1年の時の誕生会の時に、マヤはボクの家に来ているんだ・・・・。
分かってしまっているなら、しかたがない。ボクは観念してマヤに返事をした。
「去年。もう1年以上たつんだ」

「そうなのね・・・。無事に帰ってくるといいのにね。お父さん、たしか科学者じゃなかった?」

よく覚えているな。
マヤは小さい頃から、とても記憶力がよかったんだ。
その時、校庭から誰かがマヤを呼ぶ声がした。

「いま、行くー!!」と言いながらマヤは校庭へと向かった。
「あとでね」マヤは振り向きながら言った。
マヤは女子からも男子からも、好かれている。ボクと違って。
そりゃ、そうだろうな。去年からボクは殆ど誰とも話をしていないんだから。

授業が始まっても、やはり先生の話がちっとも頭に入ってこない。
ボクは自由帳を取り出して、先生に見つからないようにして、さっきの続きを書き始めた。
斜め横の席に座っているマヤが、時折ボクの事を心配そうにチラチラと見ていた。

最後の授業が終わり、先生がお別れの挨拶を済ますと、ボクはランドセルを背負い、校門の外へ出た。
後ろからマヤが声をかけてきた。
きっと、さっきの話の続きを聞きたいのだろう。
エリは、先に学童に行った。エリは学童でも友達がたくさんいる。
もうすぐ三月だけど、まだまだ外は寒かった。
ボクとマヤは歩きながら話をした。

「レイ君は勉強ができるのに、最近成績が悪いでしょ?お父さんがいなくなった事と関係あるの?
お父さんのような科学者になりたいって、言ってたじゃない」

そう言われると思った。
全部は話せないけど、マヤには説明をしておこうと、覚悟を決めた。
「お父さんがいなくなった訳、そのうち、話をするよ。今は言えないんだ・・・・。
そう、ボクは科学者になりたい。でも、お父さんがいなくなったから、ウチは収入があまりないんだ。とてもじゃないけど、勉強をする為に大学なんかに行けないよ」

「そうだったのね・・・。そんな事きいて、ごめんなさい」
そう言ってマヤは黙り込んだ。
しばらくして、話題を変えるようにして、マヤが口を開いた。
「ねえ、レイはどうしてレイっていう名前なの?」

「うん、それはね、お父さんが「0」という数字が好きだったんだ。何もないのに『0(レイ)』という名が付いているのが不思議だって。でも名前が付くと、途端に『何か』に変化する。もしかしたら宇宙はそうやって出来たのかもしれないなあ、って言ってたよ」

マヤも続けて言った。
「『0(レイ)』は大昔にインドで発見された概念よね。それまでは0という数字も概念もなかったんだって。つまり、いにしえの知恵、という訳ね」

さすがマヤ。
どこで「概念」なんて言葉を覚えたんだか・・・・。

「私の名前はね、お父さんお母さんは、ただ『可愛いから』という理由でつけたんでしょうけど、調べてみると、『マヤ』もインドの言葉だったのよ!・・・・その意味は『幻影』。つまり『この世は全て幻』っていう意味なの。なんだか『0(レイ)』と似てるわね」
とマヤが得意そうに言った。

久々に友達と長く話しているような気がする。
ボクは少しウキウキしながら、話を続けた。
「実はというと『エリ』にも意味があるんだ。古代ギリシャの言葉で『エリ』は『光り輝く者』という意味なんだって。『エリー』だとか『エレン』と呼ぶ事もあるらしい」

ボク達はそんな話をしながら通学路を歩いた。
途中、ボクらは別れ、マヤは毎週通っている絵の教室へと向かった。
将来、イラストレーターになるのがマヤの夢らしい。
マヤと話せて、少し気が楽になった。

さあ、急いで家に帰らないと。
エレン達に危険が迫っている。
もうすぐだ。あともう少しで、エレンに会える。

――――続く

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