オオカミになった羊(後編13)

ーー夜も深まり、月明かりが射す中、羊族とオオカミ族は火を挟んで向かい合っています。
しばらくの間、両者は言葉を交わす事なく互いの出方を伺っていました。
火にかけられた茶がグツグツと音を立てながら沸くのを見て、ソールはそっと立ち上がります。

「私が皆に茶をお配りしましょう」

ソールがそのように申し出たのを、父のショーンは一瞬不審そうに見ましたが、うなずきながら返事をしました。

「……フム、そうだな。これもよき社会勉強となるだろうからな。では、お願いをしよう。オオカミは猫舌で、熱い飲み物が苦手だと聞く。よく冷ましてから、お出ししなさい」

父からそのように言われ、ソールは受け取った杯に用心深く茶を注ぎ始めます。
アセナはソールのその優雅な動きを見惚れるようにして、眺めていました。
ソールが杯に注ぐ間に、ショーンはオオカミ族の長ミハリに視線を合わせます。
本来ならば再会の喜びをショーンに伝えたかったのですが、このような場ではそれは叶いません。

「ミハリ殿、聞く所によればそなたの部族は、圧倒的な戦闘力で名高いジャッカル共和国と軍事同盟を結ぶという。それは事実なのか ? もし事実であるならば、ここでの話し合いにも影響
を及ぼすと思うのだが」

ソールは杯に入れた茶を冷ましながら、皆に茶を配り始めました。
杯はミハリの前にも置かれましたが、緊張をしているせいなのか、ソールの手が震えているようにも見えます。
ミハリは杯を手にしながら、ショーンに言います。

「ジャッカルは我らとは同じ血筋だからな。我らが危機に陥った時には、軍事同盟が結ばれるのだ。しかし、どうやらメリナ王国も羊村に、銃や大砲などの武器供給をしているらしいではないか」

アセナは、父と羊族の長の間で交わされるやり取りを注意深く聞いていましたが、何かただならぬ『気配』をどこかから感じていました。
アセナは狩りの師匠であるフェンリルから厳しい訓練を受けているので、ほんの少しの『気配』にも敏感なのです。
アセナは周囲に悟られぬよう、大きな耳だけをピクピクと動かしその『気配』の正体を探ります。
父のミハリは話し合いに集中しているからなのか、まだその『気配』には気がついていません。
ミハリは茶が入った杯を持ち上げながら言いました。

「……ショーン殿、私は闇夜の世界で様々な敵と戦っているから分かるのだが、メリナ王国は何か狙いがあって、そなた方に武器供給をしている。何が狙いなのかは、私にも分からぬが用心なさるとよい」

忙しく動きまわっていたアセナの耳が止まりました。
アセナの耳は、少し離れた茂みの中にその気配を察知したのです。
ーー茂みの中の気配は、息を殺しながら誰かに狙いを定めているようでした。
『策略だ ! 茂みの中のヤツが、ここに居る誰かを暗殺しようとしている ! 』

アセナが立ち上がると茂みの中から、シュッと矢が放たれ、空気を切りながらソールの方に向かっていきます。
アセナがソールの前に立ちふさがると、鈍い音を立て矢がアセナの右肩に刺さりました。
アセナが肩から血を流しながら、倒れ込むのを見て、ミハリは杯を下に落とします。
杯が地面に落ち砕け散ると、羊達は立ち上がり銃を手にしてオオカミ達に向けました。
「罠だ!初めから、我らを殺すつもりだったのだな !」

「待て、撃つな ! 娘のソールは無事だ ! 」
とショーンは皆に告げましたが、羊兵達はすでに混乱しており、その怒りが収まる事はありませんでした。
怒った羊兵達が銃の引き金を引くと、ズガーン、と発砲音が闇夜に響き渡り、オオカミ何匹かがもんどりを打ち、血を流し倒れます。
オオカミ兵達もウオーン、と戦いの雄叫びをあげながら、弓矢を手にして応戦を始めました。
オオカミ達が矢を放つと、正確に羊兵達の喉や額に命中し、何匹かの羊兵が地面に倒れます。

静かだったヴィーグリーズの谷に銃声とオオカミの雄叫びが響き渡りました。
羊兵は武器の面ではオオカミに勝っていたのですが、やはりオオカミの方が戦い慣れています。
羊兵は矢を受け、次々にオオカミに倒されていきました。
ショーンも止む無く、短銃を取り出し、そしてそれをミハリに向けます。
ミハリも弓をショーンに向けながら叫びました。

「ショーン ! 君の娘を狙ったのは私の仕業ではない ! 信じてくれ ! 」

しばらく二匹はそのまま睨み合っていましたが、互いに銃を撃つ事も、矢を放つ事もありませんでした。
その間を見計らいショーンは部下達に告げます。
「撤退だ ! 一旦はここは撤退をする ! 」

羊の何倍もの素早さで攻撃を仕掛けるオオカミに銃を撃ちながら、羊兵は後ろへ後ろへと退きます。
ショーンは呆然と立ち尽くすソールの手を引き、羊村の方へと向かい羊兵と共に撤退を始めました。

しばらくすると、硝煙の匂いが残る中、闇夜に鳴く虫の声が戻り、あたりは再び静かになりました。
消えかけた火の周りには、動かなくなった羊兵とオオカミ兵の亡骸が横たわっています。
ミハリは、負傷して倒れていた息子のアセナを助け起こしました。

「アセナ、よくぞあの羊をかばってくれた。残念ながら開戦してしまったがね……」

ミハリはアセナの肩に刺さった矢を引き抜き、傷口に薬草を塗り込みます。
激痛に身を震わせながら、アセナは父に聞きました。

「ーーあの雌羊は無事だったのですね ? 」

抜き取った矢の匂いをクンクンと嗅ぎながら、ミハリは答えます。
「ああ、無事なようだ。ーーフン、やはりこの矢からはオオカミの匂いがする。いったい、誰が糸を引いているのかは、察しがつくがね。残念ながら、今宵は戦いが避けられぬ局面と成り果てた。明日にも、羊は軍を率いて我らを攻撃するであろう……。我々も集落へと戻り、対策を講ぜねばならぬ」

痛みを堪えながらアセナは起き上がり、あの雌羊の優雅な動きを思い出していました。
ふと父の方を見ると、父は目をつぶり月に向かい低い声を上げながら何かを祈っています。
何を祈っているのかは分かりませんが、戦の勝利を願って祈っているのではない事だけは、息子のアセナには分かりました。

――――つづく

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