コトバ狩り by クレーン謙

―― 今日は年に一度の「コトバ狩り」の日だ。
長かった夏も終わり、秋風が木々を通り抜けるこの日、狩人達は山の神々に祈りを捧げ「コトバ狩り」へと赴く。

「コトバ狩り」は僕の住む村では、昔から続いている伝統行事だ。
そのおかげで、僕の住む村にはコトバがあふれていて、他からやってくる人々は、コトバの豊かさに驚く。噂を聞きつけ、時折町から人がやってきて、コトバを買いに来るほどだった。

村では、山に行きコトバを狩れた者のみが一人前の大人として認められる。
僕のおとうも、優れた狩人だった。おとうは毎年、貴重なコトバを村に持ち帰って、英雄扱いされていた。
何年か前、おとうは「悲しい」というコトバを狩って村へ持ち帰った。
それまで集落には「悲しい」というコトバがなかった。
初め、村人は不吉なコトバがやってきた、と嫌がっていたけど、このコトバのおかげで村人は悲しみを口にするようになり、村人はお互いの悲しみを共有する事ができたのだ。

―― しかしコトバはとても獰猛で、なかなか人間の思い通りにはいかない。
これまで、何人もの狩人がコトバに襲撃され、命を落としてしている。
僕のおとうも、ある強いコトバを狩ろうとして、コトバの返り討ちにあい、昨年、帰らぬ人となった。
おとうが、何のコトバを狩ろうとしていたのかは、分からない。
コトバは狩って、持ち帰るまでは、その正体さえ分からないのだ。

長老の計らいで、今年ようやく僕は「コトバ狩り」の参加を許された。
狩人たちの中では僕は最年少だった。
狩人達は焚き火の周りに集まり、長老が語るコトバを待った。
長老は太古から語れ継がれているコトバを熟知している。
長老は集まった狩人達を見渡しながら、しわがれた声で言った ――

「―― 昨年、我らが英雄が帰らぬ人となった。その息子が、今日の『コトバ狩り』に初めて参加をする。コトバを狩るには、長年の経験と熟練の技が必要と言われておる。しかしワシは、今ここにいる若者のように、純粋な者のみが狩れるコトバがある事を知っておる。この世を曇
りなく見れる者のみが、狩れるコトバもあるのじゃ」
そして、長老はいかにして村のコトバが豊かになったのかを、誇り高く語り始めた。
長老の語るコトバが終わると、村人達は歌を歌い狩人達を山へと送り出した。
その歌のコトバは長老が狩ったコトバだと言われている。

狩人達は太陽が西に沈むまでに、コトバを狩り村へ戻らなければならない。
そして、この日以外は、コトバを狩る事は禁止されている。それだけコトバは村では神聖だったのだ。
―― 僕は山へ入ると、おとうの形見の弓矢を背から取り出した。
そして矢尻に、眠り薬を塗りつけた。コトバは狩ったら、生きたまま持ち帰らなければいけない。
誤ってコトバを殺してしまうと、翌年のコトバ狩りは参加を許されない。

僕はおとうの語っていた事を思い出しながら、山を歩き続けた。
「コトバを狩るには、心の中を空にしなければいけない。心に別のコトバがあると、獲物は警戒をして、側にやってこないのだ」
とそのように、おとうは言っていた。
僕はなるべく、何も考えないようにして、山を進み続けた。
でも、どれだけ探してもコトバの気配がしなかった。

昼も過ぎ、次第に僕は焦ってきた。
「―― どのようなコトバをお前は必要としているのか? それを感じよ。そうすれば、そのコトバは向こうから現れる」
僕はおとうが、そのように言っていたのを思い出した。
僕は歩みをとめ、目をつぶり、深呼吸をした。
目をつぶるると、山に住む鳥や虫達の声が聞こえた。
何も考えずにそれらの声を聞いていると、心の奥底に、何かの気配が現われてきた。
…… その気配は、僕がずっと抱いていた、ある感情だったのだ。

ハッ、として目を開けると、茂みの向こう側に、そのコトバの気配が感じられた。
僕は弓矢を、気配がするほうへと向けると、茂みの中からガサリと音をたて、コトバが顔を出した。
それは今まで見た事もないような、美しいコトバだった。コトバと目があい、僕はドキリとした。
―― 僕は、弓を引き狙いを定め、コトバに向かって矢を放った。

* * *

日も沈み、山へ入っていった狩人達が村へと戻ってきた。
コトバが狩れた者もいたが、そうそうコトバが狩れるものはない。ほとんどの狩人は手ぶらだった。
僕は狩ったコトバを皆に見せた。
皆は、これが本当にコトバなのか、といぶかしがったが、村の女達はそのコトバを見て、顔をほころばせた。
長老は僕が狩ったコトバを見て、最初は驚いたが、ニコリと微笑みながら言った。

「…… 誰しもがコトバだとは思わぬものこそが、本当のコトバなのじゃよ。よくぞ狩った。お前の父はこれを狩ろうとしたのかもしれぬが、もしやこれは、まだ世を知らぬ純粋な者しか狩れぬコトバかもしれぬな」

村人は、最初は僕の狩ったコトバを使うのを躊躇っていたが、やがてポツリポツリと使うようになってきた。
僕は、狩ってきたコトバを何に使うのかは、分かっていた。
村の広場で、幼じみの少女が水汲みをしているのが見えたので、僕はその子の側まで歩いていった。
その子は、村で一番歌が上手く、僕が狩りへ出る時も歌を歌ってくれた。

―― 僕はその子の前に立ち、コトバを恐る恐ると手渡した。
少女は僕のコトバを受け取り、最初はにかんでいたが、微笑みを返しながら「―― ありがとう」と言った。

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