ワインシュタイン博士の長い一日<7>

ワインシュタイン博士は車のハンドルを握りしめ、そして絶望に打ちひしがれた町の人々を見ながら考えていた。

・・・・・もしオウムの言っていた人間との「約束」が本当だとすれば、地上の動物達は自分達の身を犠牲にしてまで、人類の発展に寄与した事になる。
そうだとすれば、人類が今日に至るまで科学技術を進歩させ、ロケットを作ったり、物理学を発展させてきたのは、まさに今日という日の為だ。

・・・そんなバカな!
ワインシュタインにはオウムの語った「動物達との約束」というのが全く信じられなかった。

それじゃ何か?
人類が何千年にも渡って築き上げてきた文明、芸術はただの副次的な産物だという事になってしまうじゃないか!
過去の偉人たちが成し遂げた、知や真理の探求の成果、それらは全てこの日の備えの為にあったという事なのか?
偉大な作曲家たちが作ってきた音楽は、いったい何の為にあったというのか?

・・・・そう考えていた、ワインシュタイン博士の頭の中ではある「音楽」が鳴り響いていた。
曲名は思い出せなかったが、その曲はワインシュタインが若い頃にヒットしていた曲だった。
どういう訳か、その曲はワインシュタインの頭の中でずっとループして止まらなくなっていた。

パニックに陥った人々を避けながら、車の運転を続けていたワインシュタインは更に考えた。

・・・バカバカしい!実にバカバカしい!
我々の文明はこの日の為だけに発展を続けた、というのか?!
そもそも、オウムの語った事はあまりにも非論理的で非科学的すぎる!
そう思いながらも、ワインシュタインには外に見える街並みが、脆いマッチ箱のようにしか見えなくなっていた。
これらの町も、道路も、学校も、会社も、文学も、本屋も、音楽も、楽器も、中華料理も、エジプトのピラミッドも、エッフェルタワーも、何もかもがたった一発の隕石で全てが消えてしまうのだ・・・!なんたる事だ!

町には、どうしていいか分からない人々が逃げ惑っていた。
しかし、もはやどこにも逃げる所なんかありはしないのだ。

「博士、ところでロケットの操縦はできるのかい?」
オウムが聞いた。

「いや、できる訳がないだろう。カネスキーを捉えて、ヤツに聞く事にしよう」

ワインシュタインとオウムを乗せた車は、誰も人がいなくなった州立動物園に到着した。
オウムは車から飛び立ち、檻のカギを探しに管理事務所へと向かった。
「博士、ここで待っていてくれ。動物達をここに連れてくる!」

カギを見つけたオウムは、次々と檻を開け、動物達を外に出していった。
しばらくすると、動物達が続々とワインシュタインの車のところまでやってきた。
ゾウ、キリン、ゴリラ、ペンギン、シマウマ、シロクマ、リス、カンガルー、ライオン、トラ、などありとあらゆる動物達がワインシュタインの乗った車の周りを取り囲んだ。
空を見上げると、カラスやツバメなどの鳥たちもやってきていた。

ワインシュタインは少しゾッとしたが、どうやらワインシュタインに危害を加える様子はなく、オウムのいう事に従って行動をしているようだった。
ワインシュタインの元へと戻ってきたオウムは、様々な動物の鳴き真似で動物たちに何かメッセージを伝えていた。
動物たちは皆、黙ってオウムの話す内容に耳を傾けているように見えた。
ワインシュタインは、まったく信じられない、という面持ちでその様子を眺めていた。
オウムが話し終わると、ゾウがワインシュタインのほうに振り向き、その細い目でワインシュタインの事を睨みつけた。

その目はまるで「オレもちゃんと仕事をするから、おまえもしっかりとやれよ」と言っているかのようだった。
ワインシュタインは少し深呼吸しながらオウムに聞いた。
「何をみんなに伝えたのかね?」

「今回の作戦だよ、博士。残念ながら、この方法しかない。
カネスキーの敷地は四方を武装した軍隊が守りを固めている。
・・・・動物たちには、この敷地の北側を一気に襲撃してもらおうと思う」

「そんな事をすれば、みんな撃ち殺されてしまうぞ!」

「分かっている。しかしその襲撃で、どこかの警備は手薄になる。
君と私は、その手薄になった所から敷地に侵入して、カネスキーを生け捕りにし、そしてロケットを奪う。そう、君が言うように動物たちは殆どみんな撃ち殺されてしまうだろう。
他に何か方法があればいいのだが、残念ながら、この方法しかない」

「・・・・・・!」
ワインシュタインは言葉をなくし動物たちを見た。
動物たちもワインシュタインを見た。
その目はゾウと同じで「しっかりやれよ」と言っているかのようだった。

ワインシュタインの頭の中で再び、あの曲がループした。
そして依然として、その曲名を思い出せずにいた。

――――続く

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