オオカミになった羊(後編16)

ここは、羊村ショーンの城の中。
その一室にショーンの娘、ソールは閉じこもり、鏡に映る自分の姿を眺めていました。

『どうして私は、羊なんだろう ? そして、どうしてアセナはオオカミなのかしら ? 』

今までは、自分は美しい部類の羊だと自負していたのですが、アセナと会ってからというものの、オオカミから見て果たして私はどう映るのだろう?と気になり始めたのです。
ーーソールは、滅多にしないため息をひとつつき、鏡の前を離れました。
羊は本来、自分たちが信仰している太陽が昇っている間に起きており、日が沈むと祈りを捧げてから眠りに入ります。
ーーソールも古来から続くその風習に習い、太陽が沈むと、太陽神に祈りを捧げ寝室の明かりを消し、ベッドに潜り込みそして眠りに入りました。
この所、ソールは悪夢にうなされる事が多くなりました。
……いくら通商大臣ヘルメスの指示とはいえ、今回の戦の開戦は自分も大いに関わっているのです。
そして、今回の戦では実に多くの戦死羊が出ました。
それら戦死羊の中には、ソールのよく知っている羊たちも居ます。
ーーそれら死んだ羊達やオオカミ達が夢に出てきては、ソールを憎しみの眼差しで見つめ、時には襲いかかろうとするのです。

眠りに入る夜は、ソールにとっては恐ろしい時間帯となりました。
夜になれば、もはや太陽神は助けてくれません。そこは、亡霊達が跋扈する漆黒の世界なのです。
父親のショーンは、娘がこの所元気がないのは、オオカミに殺されそうになりショックを受けているからだ、と思っているのですが、本当は違います。
ソールは良心の呵責に苦しんでいたのです。
ーー自分は何か間違った事をしたのではないか?とそのようにソールは自分を責めていました。
次第にソールは部屋に籠るようになり、他の羊達と顔を合わせなくなったのです。
唯一の救いといえば、時折やってくるオオカミのアセナとの密会だけです……。
亡霊達との戦いに身構えながら、ソールは眠りに入りました。

どれぐらい寝たでしょうか?
寝室に面したバルコニーの方から、何か物音がしたので、ソールはすぐさま目覚め、ベッドから起き上がります。
『きっと、アセナだわ。合図に窓へ、小枝を投げたんだわ』
ソールはベッドから起き上がると、ガウンを羽織り、バルコニーへ出て、軍事境界線となっている壁の下を覗き込みました。
ーー月明かりの下に、アセナが、大きな耳を立て、金色の目を光らせているのが見えます。

ソール 「ーー今晩も来てくれたのね」
アセナ 「やあ、ソール。また話ができてよかった」
ソール 「いつまた戦闘が始まるか分からないでしょう ? ……そうすると、もう会えないかと思ったわ」
アセナ 「大丈夫さ。こう見えて僕は、優秀な戦士なんだ。何があろうと、会いにこれるさ」
ソール 「そうなの。嬉しいわ!実はというと、あなたに会うまで、オオカミなんて信用して
いなかったのよ……」
アセナ 「実はというと、僕も羊は嫌いだった。君に会うまではね」
ソール 「でも……やっぱり、あなたが羊だったら、よかったのに」
アセナ 「いつまで経っても僕はオオカミだろうし、いつまでも君は羊だろう。それは、しかたがないよ」
ソール 「どうして、こんな戦争を始めてしまったのかしら ? おかげで、私たちは自由に話もできないのよ」
アセナ 「残念ながらこの戦争は終りはしないだろう。ソール、どこか遠くへ逃げよう」

しばらくの間、二匹は黙り込みました。
淡い月明かりが、二匹を照らし出しています。
やがて、ソールが恐る恐ると口を開きます。

ソール 「太陽寺院の大巫女アリエスがきっと私達を匿ってくれるわ。私、アリエスとずっと連絡を取っているのよ」
アセナ 「そのアリエスは今どこに ? 」
ソール 「アリエスは羊村から逃げて、メリナ王国にいるわ。彼女も戦争が起きたのを悔やんでいるのよ」
アセナ 「メリナ王国は羊族の国だろう?オオカミの僕は、そこには行けないよ ! 」
ソール 「大丈夫よ。あなたは羊の毛皮を羽織って、羊に化ければいいんだわ」

アセナは、ソールのその提案に驚き、しばらく考え込みました。
やがて意を決したようにして、アセナは手にした長いロープを壁の上に向け放り投げます。
「分かったソール、メリナ王国へ行こう。そのロープを伝って下に降りておいで」

「まってて、今、毛皮を持ってくるから」

ソールは寝室に向かい、真っ白な毛皮を手にして戻るとロープを伝って壁の下へと降りました。
羊は夜目がきかないのを気遣い、アセナは手を差し伸べ、ソールを下に降ろします。
この時、二匹は初めて手を握りました。

アセナ 「これで僕たちは、羊族もオオカミ族も共に裏切る事になるね……」
ソール 「そんな事はもう、どうだっていいのよ。あなたとさえ、一緒だったら」
アセナ 「君の太陽神にかけて誓うよ。君を守ってみせると」
ソール 「あなたの月神にかけて誓うわ。私達は死んでもいつまでも一緒だと」

アセナとソールは、音を立てぬように注意を払い、森の中へと入っていきました。
そして、二匹は手を取り合いながらメリナ王国に向かって歩き始めました。

――――つづく

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