オオカミになった羊(後編30)by クレーン謙

その早朝、セルフォンがけたたましく鳴り響いたので、私は目を覚まし、いったい何事か、とベッドから跳ね起き、テーブルに置いていたセルフォンを手に取った。
どうやら、また私は例の夢を見ていたようだ──やはり夢の内容はよく覚えていない。
セルフォンの画面を見ると、幾度となく仕事で世話になっているオオトモ刑事からの着信だった。
「……はいコモリです」と電話に出ると、オオトモ警部がくぐもった声で応答した。

「やあコモリ君。朝早くにすまんな。……実はというとね、君の同業者であるコバヤシ探偵が急死をしてね。それを知らせたくて電話をしたんだ」

私は驚き、言葉が継げず何も返事が出来ずにいた。
コバヤシは私と同じ《サイバー探偵》で、業界でも一二を争う能力と腕前の男だった。
少々粘着気質的な性格ではあったので、完全には好きにはなれなかったが、コバヤシはその並外れた頭脳で数々の困難な案件を解決してきた──なので、私は幾度となく彼に協力してもらっていたのだ。黙り込んでいると、オオトモ刑事が続けた。

「今、コバヤシが死んで発見された、彼の事務所にいるんだがね。殺人の痕跡はないのだが、どうも腑に落ちないのだよ。今から、こちらに来てくれんかね ?」

すぐに向かう、と即答して、私は寝間着から着替え、アパートから出る前に念のため護身用のスタンガンをポケットに入れた。サイバー探偵は時として、犯罪組織のコンピューターに忍び込むので、案外と危険は多い。実際、スタンガンを持っていたおかげで、命拾いした事もある。

アパートを出ると、私はセルフォンの AI に向かってタクシーを呼ぶように伝えた。
一分も待たずに、空からドローンタクシーが四枚のプロペラを回転させながら、アパートの前の広場に降りてきた。扉が開いたので中に乗り込み、ドローンの AI に行き先を告げると、空中に舞い上がり直ぐに目的地に向かって飛び始めた。

──このように、今では生活の至る所で AI が使われており、文明生活のあらゆる面がコンピューターにより制御されている。政府も企業も莫大な量のデータをコンピューターに蓄えており、その裏ではデータの流出や盗難などの事件が増えていたのだ。当然ハッキングなどの犯罪も増えた。
私は学生の頃、遊び半分でハッキングをやっていて、難攻不落と言われたアメリカ国防省のコンピューターにも侵入した事がある。
しかしそれは発覚して、私は逮捕された。
拘置所で出会ったオオトモ刑事は、私のハッキング能力を知り、ある犯罪捜査に手を貸すようにと言った。それがきっかけとなり、私はこの仕事を始めたのだ。
私は出所後《コモリ・サイバー探偵事務所》を立ち上げた。依頼人は実に多岐にわたる。行方不明者の捜索、犯罪組織のマネーロンダリングの調査など、実に様々な調査を行ってきた──勿論、中には危険を伴う調査もあったのだ。

コバヤシの事務所に到着すると、オオトモ刑事が入り口で待ち受けていた。
事務所の中へ入ると、オオトモがきっと私に見せたかったのだろう、動かなくなったコバヤシが椅子に座りながら机に突っ伏しているのが見えた。
机にはコンピューターの端末があり、その本体からケーブルが伸びていて、コバヤシのうなじに刺さっている──そう、コバヤシも私と同じように、サイバネティック手術を受けているので、脊髄に埋められたジャックにケーブルを差し込むと、脳がコンピューターと同期できるのだ。

しかし、脳をコンピューターと同期させるのは危険を伴う。
私やコバヤシのように、コンピューターを知り尽くしている者でないと、脳に損傷を受けてしまうからだ。なので、今ではサイバネティック手術をしている人間は殆ど居ない。

「やはり、脳をコンピューターと同期させたのが原因かね ? ここには昨夜から誰も出入りしていないのは確かだ。勿論、外傷もなければ、毒物の痕跡も見つかっていない」
とオオトモ刑事がつぶやくように、言った。
私は、ケーブルが首のジャックに刺さったままのコバヤシを見つめ、しばらく考え込んだ。

「……いえ、ありえませんね。彼は私よりもコンピューターを知り尽くしていました。なので、脳をコンピューターと同期させるには細心の注意を払っていた筈です。事故ではありませんよ、きっと。恐らくは殺意をもった何者かが、コンピューターデータに侵入した彼を、その瞬間を見計らい、ケーブルに電流を流すなどをして殺したのでしょう。このような殺され方をする人間を見るのは私も初めてです」

「ふむ。なかなかやっかいな事件だな。果たして何か証拠が見つかるか、だな。どうやらコバヤシは誰かの依頼を受け何かの調査をしていたようでね。机にメモが残されていたよ……」

刑事は私にそのメモ用紙を見せた。
そこには、何やら植物かあるいは薬の名前のような言葉が書かれていた。
私はそのメモを手にとり、刑事に聞いた。

「フェンリルって何です ? 」
「さあね。コンピューターに聞いてみてはどうかね」

そこで私は、セルフォンの AI に検索を命じると、一秒を待たずに検索結果が画面に現れた。
私は画面に現れたその文章を読んだ。

『フェンリル(Fenrir)──北欧神話に登場する狼の姿をした巨大な怪物。
初めは普通の狼と違いがなかったので、神々の監視下に置かれる。しかし、日に日に力を増し、災いをもたらすと予言されたので、神々に拘束された。
しかし、自由になったフェンリルはヴィーグリーズ(北欧神話で、神々と巨人の最終戦争が行われる地とされている)で神々に戦いを挑む。
ヤルンヴィド(鉄の森)にいる老婆がフェンンリル一族を生んだとされており、その内の一匹はソール(太陽)を追っており、もう一匹はマーニ(月)を追いかけている。
フェンリル一族から逃れる為、太陽と月は馬車を走らせており、これが太陽と月の運行の起源である、と神話は伝えている。』

──いったい何故、コバヤシがこのような事を調べていたのか見当もつかなかったが、しかし、どのような情報が真相へと導くのか分かりはしない。実際、ハッキングを成功させるには思いがけない言葉がカギとなったりもするのだ。
私は、動かなくなったコバヤシに向かって、今までの礼を言い、オオトモ刑事に何か進展があれば教えてほしい、と言い残しその場を後にした。
いずれは、誰がコバヤシを殺したのか調べねばならないだろうが、しかし自分の仕事もある。
ヤマガタ博士からの依頼も進めなければいけない。

都内中心にある自分の事務所に着くと、ドアの前にハッとする程美しい女性が立っていた。
私の気配に気づき、振り返るとそれは、数日前ヤマガタ博士と一緒にいた、あの人型の AI だった──確かエリという人間名もあったな。

「──お待ちしていました。お友達がお亡くなりになったのですよね。お悔やみを申し上げますわ」

「さすが、人工知能。情報が早い。どうかなされましたか ? 」

エリ(という名の人型 AI) は人間そっくりの仕草で髪をかきあげながら返事をした。
「そのお友達の情報をお知らせする為に来ました。……コバヤシ探偵は、私たちの敵に雇われていたのです。その為に彼は死んでしまったのでしょう」

「私達の敵とは誰なのですか ? 私にはいまだに、その《敵》とされている者の意図すら分からないのですよ」

「以前にもお伝えしましたが、ヤマガタ博士による人類を救済する計画《ドリー計画》、それを妨害して消し去ろうとしている者です。その者がコバヤシ探偵を雇っていたのです」

――――つづく

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