オオカミになった羊(後編31)by クレーン謙

「コバヤシを雇っていた ? 君たちの『敵』が ? 」

なんだか急に、全く想定外の話になってきたな、と私は身構えながらエリの次の言葉を待っ
た。

「そうです。しかしコバヤシ探偵はその依頼者の正体や、その動機については何も知らなかったでしょう。彼はただ高額の謝礼に惹かれ、指図のままに動いていただけでしょうから……」

──そういえば、最後に会った時に、クライアントが減り金に困っている、と彼が話していたのを私は思い出した。
腕は確かなのだが、気難しい男だったので、友人を遠ざけるだけではなく、客も遠ざけてし
まっていたのだろう。

「すると、コバヤシはその依頼者に殺害されたのかね ? 」

私の問いに対し、どのように答えるか考えている風だったが(しかしエリはアンドロイドなの
で、正確には考えているのではなく、計算していたのだろう)、しばらくして口を開いた。

「いえ、コモリさん、違います。コバヤシ探偵は我らの『敵』の依頼を受け、ヤマガタ博士のコンピューター内部に潜入していたのです。コンピューターには何重ものプロテクトが掛かっていたので、何人たりとも侵入は不可能な筈でした。しかしコバヤシは、脳をインターネットと同期させ、プロテクトを突破し私たちのコンピューターに侵入したのです。AI である私も、彼の侵入には全く気付いていませんでした。彼はやはり一流の《サイバー探偵》だったのですね。──そうです。コバヤシは《ドリー計画》の膨大なデータ内部に侵入するのに成功をしたのです。そして依頼者の命を受け、コバヤシはそこのメインデータを消去しようとしていました」

「……それで、どうなったんだね ? 」

「あともう少しで、彼はデータを消せる筈でした。しかし彼は失敗しました。コバヤシ探偵はメインデータの反撃にあい、命を落としたのです」

私は口をあんぐりとさせて、エリの顔を見つめた。
「反撃 ? すると何か……、君たちがコバヤシを殺害したという事か……? 」

「いえ、違います。そのメインデータは、自分の意思判断で動いているのです、丁度私のように。メインデータは侵入してきたコバヤシを敵だと判断して、殺害をしたのでしょう」

ふと、私はオオトモ刑事に見せられたメモの事を思い出したので、それをエリにぶつけてみ
た。
「《フェンリル》とは、いったいなんだね ? ──もしやこの件と何か関連があるのでは? 」

「……《フェンリル》とは、《ドリー計画》内部にあるデータの一部の事です。元々はメインデーターを守るのが目的のセキュリティデータでした。コバヤシ探偵は、このデータを乗っ取り、コンピューター内部に侵入し、私たちの研究内容を調査していたようなのです。偽装は完璧だったので、私ですら気づいていませんでしたが、《フェンリル》がメインデータを消去しようとした時に、反撃され逆に消去されてしまいました──それと同時に、コバヤシ探偵も死んだのです。恐らくコバヤシ探偵は完全にフェンリルと同期していたのでしょう……」

私はエリの語る内容を理解しようと、頭脳をフル回転させた。しかし、どうやら今件は今までの案件とは少々毛色が違うようだった。長年のサイバー探偵稼業の中でも、これは特異な事例であるのは疑いない。

「すまんがエリさん、あなた方は私に対して十分な情報開示をしていない。──あなたから話を聞いてから私は《ドリー計画》について調べてみたが、ほとんどが機密事項ばかり。やろうと思えば、あなた方のコンピューターに侵入して調べるのも可能だが、それはクライアントであるあなた方への礼儀に反する。教えてほしい。《ドリー計画》とはいったいなんだね ? 人間のクローンでも作るつもりなのか ? あるいは、人口減少の根本原因の究明なのか ? 」

エリは天使のような魅力的な笑みを浮かべながら、静かに返事をした。
「申し訳ないのですが、重要な情報ですので、今はお答えできません。でもいずれは、ご説明します。お約束しましょう……。人口減少については、実はと言いますと博士はその原因を、ある程度までは突き止めました。しかし、原因が分かっても、残念ながらその対処方法は簡単ではありません。人類はすでにある種の業を背負ってしまったのです。ここで失敗をすれば、もはや人類に未来はないかもしれません」

このタイプのアンドロイドが《天使》と呼ばれているのを私は思い出した。
アンドロイドは欲とは無縁なので、文字通り『無心』の表情を浮かべる事ができるのだ。
信仰心を無くした人類が、機械にすぎないアンドロイドを《天使》と呼ぶようになったのは、実に皮肉な話ではある。確かに、機械は人間を裏切ったりはしないだろう。
だが、機械には悪意も無いかわりに善意も無い。全てはデータに従い、動いているに過ぎな
い。

──気づくと、いつの間にか夕暮れ時に差し掛かっていた。人口が減少し、公害も減ったここ都内でも、キリギリスの音が響いていた。
町の上空では、ドローン型の乗用車がヘッドライトを照らしながら、せわしなく飛び回っていた。
エリが自分の体内に内蔵している通信機器で呼んだのだろう。我らの前に、静かにドローンタクシーが舞い降りてきた。
エリはドローンタクシーに乗り込みながら、こちらを振り向き言った。

「私は博士の所へ戻ります。ところで、あなたの腕を見込んで私から『個人的な』お願いがあります」

『個人的な』?……アンドロイドなのに、奇妙な言い方をするな、と私が不審におもっている
と──
「私の兄を探してほしいのです。あなたは、多くの行方不明者を探し出していますよね?」と
エリがこちらが予測もしようがない事を言った。

「??? だって、あなたはアンドロイドでしょう? アンドロイドに兄弟なんかいるんですか ?」

ドローンタクシーに乗り込んだエリは、また例の魅惑的な笑顔を浮かべながら、こちらを見ていた。

「はい、私には兄が一人います。もう長年、行方知らずのままなのです。その兄を探してほしいのです──兄の名は『レイ』と言います」

――――つづく

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