カ〜年を取って良かったことが一つ見つかりました

「カ」と日本人の関係は非常に深いものがあると推測される。つまり、文字数の少ない物ほど日本人との関わりが深いとする仮説に基づくとすると、「カ」は1文字の名称の生物であるため欠くべからざる存在であると言える。カは伝染病を媒介し、痒みをもたらすばかりか安眠を妨害する。疫学的には伝染病の媒介が最もカによる害と言っても過言ではなく、人類を死に追いやる最も凶悪な生物とも言われている。

しかし、古代日本人にとっては伝染病の媒介よりも安眠の妨害の方が害があったのではないかと思う。昔の家屋は気密性が低く、昼間に侵入してきたカは、人間が寝静まる頃に移動してきて血を吸うのである。この時、呼気に含まれる二酸化炭素が誘引物質の一つとなり顔周辺に飛来する。運悪く耳のそばを飛行したカは安眠を妨害された腹いせに叩きつぶされる。一方、吸血に成功したカは次世代を残すことができる。

昆虫綱、ハエ目、カ科には約3000種類のカがいる。その中でも日本には100種類ほどが存在し、そのうち数種類しか吸血しない。しかも吸血するのはメスだけである。ほんの一握りの種類のせいでカ全体のイメージを悪くしている。しかしながらこの一部の暴挙を人間は看過できないし、徹底的に対抗する。

古代中国ではヨモギなどを燻してカを寄せ付けないようにしていた。また、昭和生まれの私は子供の頃、親に蚊帳を張ってもらって夜のカの襲来から身を守ってもらっていたが、この蚊帳は古代エジプトが起源であるらしい。蚊取り線香とのコンボで効果絶大だ。最近は家の気密性が高くなり、網戸やエアコンなどで窓を開ける機会が減ったことでカの侵入も大幅に減少した。つまり家全体が蚊帳になったようなものである。

カによる実害は安眠妨害だけではない。吸血された後に襲ってくる痒みである。カは吸血の際に血液の凝固を抑える物質を含む唾液を注入し吸血をする。この血液凝固を抑える作用を持つ物質が痒みの原因である。カは吸血した血液が固まってしまうと死んでしまうので命がけである。相手は生死をかけて血を吸いに来ているのに、痒いというだけで吸わせないのは非人道的な気がしてきたが、私は僧侶ではないので殺生もいとわない。

さて、カに吸血された時、何と言って人に話すだろうか。「カに刺された」が一般的かもしれないが、私が北海道の知人に「カに噛まれた」と言ったところ、「カは噛まない」と一蹴されたのである。確かにカは噛んでいないが、じゃあ北海道では何というか聞いたところ、「カに食われた」であった。でも、「食われた」もカは食っていない気がする。

蚊に「食われる」県と「かまれる」県の境界線を調査してみた(J-タウンネット)

カに「食われる」と「噛まれる」は方言のようだ。一般的に方言は東西で分かれることが多いが、この「カに噛まれる」は中国地方を中心に分布している。民俗学者である柳田国男氏は方言周圏論を提唱した。京都を中心として古い言葉が同心円状に伝播するという仮説である。カタツムリの名称が東北と九州ではツブリと呼ばれており、京都を中心に東西で同じ言葉が残っていることを指摘している。

ところが、「カに噛まれる」という表現は中国四国地方に圧倒的に多い。京都を中心に広がったとすると東海地方や北陸地方に噛まれるという表現があるはずだし、大阪でも食われるを使う人が少なくとも20%程度はいることから、これまでの伝播とは違う動きになっているかもしれない。

現代ではテレビなどの影響で全国的に数年で言葉の流行り廃りが起こっているが、昔も各地方で別々に起こっていたはずで、そのうちの一つが「カに噛まれる」の局地的爆発的流行であった可能性もある。”全身噛まれてみた”という君管(瓦版)が人気を博したかもしれない。そして家老連中から禁止令が出たものの、実は殿様が密かにファンだったので再開されることになったというエピソードが残っているかもしれない。

カに噛まれようが、食われようが、刺されようが、その後は痒い。ところが私自身、最近カに噛まれてもあまり痒くないのである。少し赤くなって噛まれたことは認識できるのだが、少し痒いだけであとは全く痒くない。これが噂に聞く年を取るとカに噛まれても痒くない現象なのか。

ヒトはカに噛まれると赤くなって痒くなるアレルギー反応を示すが、その反応には5段階ある。第1段階は無反応、第2段階は後から痒くなる遅延反応、第3段階は遅延反応と即時反応、第4段階は即時反応のみ、そして第5段階は無反応である。子供の頃は噛まれた直後から痒くて痒くて数日間悶え苦しんでいたのだが、最近はあまり反応を示さなくなってしまった。これは第4段階から第5段階へ移行してきている証拠なのだろうか。年齢を重ねることで得をすることは少ないが、カに噛まれても痒くならないことは数少ないいいことかもしれない。

(by ぐっちー)

※このエッセイ「妄想生き物紀行」第59回はポッドキャスト番組「妄想旅ラジオ」第59回「カ」と関連した内容です。ポッドキャストもお聴きになると一層お楽しみいただけます! ポッドキャストはインターネットのラジオ番組で、PCでもスマホでも無料でお聴きいただけます。旅ラジオ」は、ぐっちーさん、ポチ子さん、たまさんの3名のパーソナリティーが毎回のテーマに沿って「生き物」「食べ物」「旅」について話す楽しいラジオ番組です、詳しい聴き方などは「妄想旅ラジオ」のブログを。

ぐっちー作「妄想生き物紀行」第59回「カ〜年を取って良かったことが一つ見つかりました」いかがでしたでしょうか。

今回もお読みいただきありがとうございます、編集担当・ホテル暴風雨オーナー雨こと斎藤雨梟です。

こんにちは!

年を経ても蚊に刺された痒みは減らず、むしろ治りが遅くなっている気がするのですが、どういうことなのでしょうか、と誰彼かまわず聞きたい気持ちでいっぱいです。しかもこの間、今時の子供は蚊に刺されない、蚊なんてオワコン、みたいな話も耳にしたのですが、それってどういうこと!? 依然として蚊の害は重篤で、蚊という存在や蚊との向き合い方(虫さされを防ぐ方法を含め)がまだまだ謎だらけと感じられます。おしえてぐっちーさ〜ん!!

Twiterでぐっちーさんと話そう企画

さて今回も、ぐっちーさんとみなさんと、Twitterでお話したいと思います。蚊について、「刺されるか食われるか噛まれるか問題」について、「年を経て痒くなくなるか問題」について、などなど何でもお話しましょう。参加方法はTwitterに書き込むだけ、なので初めての方も、ラジオお聴きのみなさまも、質問してみたい人はもちろんただお話してみたい人も、エッセイを読んでの感想、ぐっちーさんへの質問やツッコミなど、ぜひお気軽に。お待ちしています!

斎藤雨梟のTwitterアカウント @ukyo_an  にて

↓こんな感じで↓ツイートしますので、よろしければみなさまもツイートへ返信してご参加ください。

ぐっちーさんとお話ししたもようは、来週こちらのサイトでまとめてお伝えします。Twitterでいただいた質問やコメントは記事内でご紹介させていただくことがあります。どうぞよろしくお願いいたします。では、Twitterでお会いしましょう!

ホテル暴風雨にはたくさんの連載があります。小説・エッセイ・詩・映画評など。ぜひ一度ご覧ください。<連載のご案内>