ビントロング〜ポップコーンとビントロングとスメルハラスメント

ビントロングはネコ目、ジャコウネコ科、ビントロング属に分類される1属1種で東南アジアに分布する。ビントロングはマレー語で「熊のような猫」という意味で、英語ではbearcatと呼ばれている。大きさは1m弱で重さは15kg程度とジャコウネコ科の中では最も大きい種類であり、主に果物などの植物を食べるが、昆虫などの動物も食べることがある。

ビントロングは写真で見る限り長めの毛で1本1本が太く、ゴワゴワした印象を受けた。直接触ったことがないので憶測でしかないが、2018年に神戸動物王国で生まれた3頭のビントロングの赤ちゃんは比較的体毛が短く、飼育員が抱える様子は我が家の猫「なつ」君には到底及ばないにしても、そこそこかわいいと感じた。ただ、親のビントロングは色が黒く、以前紹介したクズリに似ている気がする。今でも神戸動物王国にはビントロングが展示されているらしいので実家に帰ったときに訪れて直接見てみたい。

ところで、ビントロングはポップコーンの匂いがするそうだ。ポップコーンのにおい成分は「2-アセチル-1-ピロリン(2-AP)」という物質で、ビントロングの尿からも同じ成分が検出されるらしい。2-APは通常アミノ酸と糖が熱によって化合するメイラード反応で生成されるが、ビントロングは直接2-APを摂取していないと考えられ、別のプロセスで生成されていると推測される。今のところ確認されていないが、細菌による生成が有力視されているそうで、もしその細菌が分離されれば、その細菌をばらまけば至る所でポップコーンの香りが楽しめるようになるかもしれない。ただし、生態系を破壊してはいけないので研究室などの限られた場所で行わなければならない。

ポップコーンのにおいはビントロングだけで観測されているわけではないらしい。イヌの肉球からポップコーンのにおいがするという報告があり、おそらくビントロングと同じ理由だろうとされている。実は至る所にその細菌が生息しており、ある一定の条件下ではポップコーンのにおいをばらまいている可能性もある。

今では離れて暮らす娘がなつ君の肉球のにおいをかいで悦に入っていたが、私にはトイレの後のにおいにしか思えなかったことを思い出した。ビントロングもネコの仲間であるので独特のにおいを発していてもおかしくないが、万人がいいにおいと認識するポップコーンのにおいではなく、ネコの肉球のにおいに特異的に反応するヒトがいるという身近な例があったのだ。

ネコはイヌに比べてにおいについては非常に控えめで、風呂に入れなくてもくさいと思ったことはない。それでも、外から帰ったら時折玄関先でネコのにおいを感じるので全く生き物を飼っていない人が我が家に来たら獣臭を感じるのかもしれない。

一般的にヒトは5感と呼ばれる感覚を持っている。視覚、聴覚、嗅覚、触覚、味覚である。

このうち、触覚と味覚は直接触れる感覚だが、視覚、聴覚、嗅覚は離れたところの様子を感じる感覚で、特にヒトは視覚が最も重要で、情報の80%は視覚に依存していると言われている。次に聴覚、そして、嗅覚が最も情報量としては少ないが、ヒトには元々910種類の嗅覚受容体の遺伝子を持っているが、347種類しか機能していないらしい。残りは眠ったままである。

とは言え、347種類の嗅覚受容体があれば、少なくとも347種類のにおいをかぎ分けることができるはずである。ところが、実際は数十万種類のにおいをかぎ分けることができるらしい。その仕組みは、1つのにおい分子が複数の受容体に反応するからで、つまり、AとBの受容体があって、Aだけに反応する場合、Bだけに反応する場合、そして、AB両方反応する場合で、それぞれ違うにおいと感じるのである。更に、においの強さを感じることもできるので、におい分子の濃度によって感じ方が変わってくる。

個人によってもにおいの感じ方は違うようである。娘がいいにおいだと感じるネコの肉球のにおいだが、私にはどこかの受容体が反応していないのかもしれない。一方で、洗濯物の生乾きのにおいには人一倍敏感で、家族は全く気にしていないようなごく薄いにおいでさえも、私には発狂しそうなくらい強烈に感じてしまうのである。

以前飲食店に入った際、机を拭くぞうきんが臭かったのか、机の上やメニューなど、全てが生乾きのにおいがして食事に集中できなかったことがあった。しかし、周りの誰一人としてそのことを指摘する気配がなく、私だけがダメージを負っているらしいと気づいたのである。

一人で楽しむことができるにおいならいいが、一人だけが苦しむにおいについてはただのクレーマーになってしまう可能性がある。最近になってスメルハラスメントという単語が出てきたが、香水や体臭による自らが放つにおいによって周囲の人々に不快感を与える行為のことを言うらしい。ハラスメントとは嫌がらせの意味かと思っていたが、故意ではなくてもハラスメントと言われるのは気の毒である。しかしながら、苦痛に感じている人がいるのも確かで、解決が難しい問題である。

(by ぐっちー)

※このエッセイ「妄想生き物紀行」第91回はポッドキャスト番組「妄想旅ラジオ」第91回「ビントロング」と関連した内容です。「妄想旅ラジオ」は、ぐっちーさん、ポチ子さん、たまさんの3名のパーソナリティーが毎回のテーマに沿って「生き物」「食べ物」「旅」について話す楽しいラジオ番組(ポッドキャスト)です。そちらもお聴きになると一層お楽しみいただけますのでぜひどうぞ! ポッドキャストはインターネットのラジオ番組で、PCでもスマホでも無料でお聴きいただけます。詳しい聴き方などは「妄想旅ラジオ」のブログを。

ぐっちー作「妄想生き物紀行」第91回「ビントロング〜ポップコーンとビントロングとスメルハラスメント」いかがでしたでしょうか。今回もお読みいただきありがとうございます、編集担当・ホテル暴風雨オーナー雨こと斎藤雨梟です。

こんにちは!

ビントロング、猫みたいでクマみたいでしかもいい匂いがするとはすばらしいですね。うちの宇宙一の美女こと「ムギ」(注:猫)の0.1%くらいはかわいいのでかなりかわいいと思います。
しかしムギはお星になってしまいましたし、かわいさ補給に日々苦労しています。神戸どうぶつ王国、行きたいなあ〜。

さて、ムギはたいへんいい匂いがしました。体全体が落葉した桂の葉のような香り、頭頂部はカフェオレ、耳の近くはキャラメルラテ、肉球はとろ火で煮たあんずの香りでした。いいなあ〜(うっとり)

あ、ビントロングの話だった、いけないいけない。

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