カッパ〜カッパとタヌキの社会的信用

今まで秘密にしていたのだが、実は私にも多感な10代の頃があった。今となって思えば、この頃に見聞きし、体験したことが後々大きく影響していることが多い。その中でもテレビCMは記憶に残りやすいし、その時代を振り返る上でトリガーとなり得る。

私がそのカッパと出会ったのはおそらく10代後半である。ニューヨークのブティックで中井貴一さんが店員さんと話している後ろにカッパが商品を持って立っている。店員さんはカッパに気付き、「Oh! Kappa」と驚くのだが、カッパが持っているクレジットカードを確認すると、「O.K. No problem」と言って無事買い物ができてしまうのである。カッパはニューヨークの街をよちよち歩いて去って行くのだが、そこに「誰だって信用されちゃう国際カード、DCカード」というキャッチコピーが流れて、そのCMは終了する。

私はこのCMに多くの衝撃を受けた。ニューヨークでもカッパが認知されているのである。カッパは日本の代表的な妖怪だが、世界進出しているとは思っていなかった。ただ、日本人が吸血鬼や魔女のことを知っているのと同じように、日本の妖怪が海外に知られていても不思議ではない。現在ではインターネットの普及と日本のアニメ、漫画ブームで妖怪も付随してよく知られるようになったものの、1990年代では今ほど認知されていなかっただろう。おそらくそれまでの妖怪に関する外国書と言えば小泉八雲(ラフカディオ・ハーン)の「怪談(Kwaidan)」が有名だと思う。しかし、この本にはカッパのことは書かれていなかった。ニューヨークのブティック店員さんはよっぽどの日本通だったと推測される。

更にカッパが洋服を買っていることにも衝撃を受けた。そのカッパは身長約2メートルあり、胴回りも直径1メートル、胴周3.14メートルはある大きな体つきをしている(2πr)。カッパは服を着る習慣もないし物理的に人間の服を着ることもできない。では、カッパが買った服の用途は何だったのだろうか。当然考え得る用途はプレゼントであるが、相手は人間じゃないと説明が付かない。プレゼントを買って帰るほどカッパと懇意にする人間がいるという事実は興味深い。

続く衝撃は、それまでカッパが買い物をすることを怪訝に思っていた店員さんが、DCカードを提示された瞬間、納得したように購入手続きを継続したのである。サインができるのも驚きである。本来カッパは妖怪であり、その存在自体が疑わしい。にもかかわらず、カードを提示しただけで信用を獲得したのである。DCカードの信用力は揺るぎない。後に私はまんまとこのCMに感化されてDCカードを作ってしまった。

子供の頃の曖昧な記憶を確かめるためインターネットを検索しているとこちらのサイトがヒットした。このサイトによるとDCカードのCM制作段階では、カッパではなくサギのキャラクターが使われる計画だったようである。このCMにはカッパバージョンとタヌキバージョンがあり、後にカッパとタヌキと中井貴一さんがメインキャラクターとして定着していたと記憶している。さすがにクレジットカードのCMにサギはまずいと私も思うので、カッパにして正解だったと思うが、よくもカッパを思いついたと感心している。2000年頃書かれたこの記事ではカッパとタヌキのキャラクターはグッズ化せず大事に使っていきたいと書かれていたが、現在ではメルカリにこれらのグッズが大量に出品されている。当時のお偉いさんが退職して20年、大きく方向転換したようである。

さて、子供の頃に見聞きしたものを大人になってやってみたいと思うことは多々あった。昭和の酔っ払いがネクタイを頭に巻いて、四角い箱をぶら下げて帰宅する漫画を見たことがあると思う。そう、サザエさんのノリスケさんである。私もやってみたいという強い願望はなかったが、そのような状況になったことがある。宴会が終わった後、お土産に寿司折りを持たされた。持ち帰って妻に渡しても「こんな夜中に食べられないよ」との一言で翌朝まで冷蔵庫で眠ることになったのである。一晩寝た寿司は固く、その価値を半分以下に低下させていた。昭和の時代は夫の帰りを夕飯も食べずに待つ妻に対する宴会主催者の詫びの品だったのかもしれないが、今では鱈腹食べてソファに横たわる妻には必要のないということが分かって廃止されたのだろう。

大人になっても、とうとうできなかったこともある。私が子供の頃に関西ローカルで放送されていた「合コン!合宿!解放区」という、いわゆるねるとん番組に出てみたいと思っていた。もしかしたら「ねるとん」について説明が必要かもしれないが、つまるところ集団お見合い番組である。学生時代に一度だけ合コンに参加したが、歯牙にもかけられなかった。今なら街コン参加やマッチングアプリもやってみたかった。

40代以降になるとやりたい事よりも、やってみたかった事が増えてくる。物理的には可能かもしれないが、倫理的にできないことが増えて窮屈に感じる。社会的信用を失ってまでやってみたい事は限られる。

いや、ちょっと待て。そうだ。今の私にはDCカードがついているではないか。

(by ぐっちー)

※このエッセイ「妄想生き物紀行」第78回はポッドキャスト番組「妄想旅ラジオ」第78回「カッパ」と関連した内容です。「妄想旅ラジオ」は、ぐっちーさん、ポチ子さん、たまさんの3名のパーソナリティーが毎回のテーマに沿って「生き物」「食べ物」「旅」について話す楽しいラジオ番組(ポッドキャスト)です。そちらもお聴きになると一層お楽しみいただけますのでぜひどうぞ! ポッドキャストはインターネットのラジオ番組で、PCでもスマホでも無料でお聴きいただけます。詳しい聴き方などは「妄想旅ラジオ」のブログを。

ぐっちー作「妄想生き物紀行」第78回「カッパ〜カッパとタヌキの社会的信用」いかがでしたでしょうか。

今回もお読みいただきありがとうございます、編集担当・ホテル暴風雨オーナー雨こと斎藤雨梟です。

こんにちは!

カッパと中井貴一さんのCM、私も覚えています。私にとっては中井貴一さんの「カッパ性」を発見するという意味を持ったCMでした。演じた役や共演した人の影響でその人のイメージが変わったり、新たなイメージを発見したりするという現象があります。私史上その後最も印象に残ったのは、「玉木宏さんが鹿そっくりにしか見えなくなった事件」(2008年「鹿男あをによし」主演)ですが、そうした一連の現象の嚆矢となったCMでした。見ていない方には何のことやらでしょうが、「妖怪」ってそういうモノかもしれませんね……やはりうまくまとまらなかった。

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