ヒツジ〜毛も肉も利用できる素晴らしい生き物ですが、利用方法を間違えると……

「妄想旅ラジオ」ポッドキャスター ぐっちーが綴るもう1つのストーリー「妄想生き物紀行 第6回 ヒツジ〜毛も肉も利用できる素晴らしい生き物ですが、利用方法を間違えると……」

「久しぶりだ。一杯やろう」
そう言って先生は私を近くの居酒屋へ誘った。
私は仕事を終えたその足で、久しぶりに母校の門をくぐり、先生に会いに来た。
大学時代には縁がなかった少し高級な居酒屋のカウンターに、私と先生は通された。

「ビール2つと、串焼き2人前、ラムシチューとラムチョップを1人前ずつ、お願いします」
先生はカウンター越しの大将に注文した。
「先生はよく来られるんですか。ここ」
「ここは世界中のヒツジ料理が食べられるから、たまに来るよ」
そう言っておしぼりで顔を拭きだした。
「日本では北海道以外あまり馴染みはないかもしれないけど、ヒツジは世界中で飼育されている。一番多いのが中国で1億6千万頭、2位がオーストラリアで7千万頭。3位がインドで6千万頭だ。イギリスは7位の3千万頭で、日本では1万5千頭が飼育されている」
「先生すごいですね。全部数字を覚えているんですか」
「実はヒツジが大好きでね」
そう言った先生の顔は少し照れたような笑みがこぼれていた。大学時代には見たことがなかった顔だった。
「ブタやウシは宗教上の理由で食べられない地域があるけど、ヒツジは毛と肉で世界の衣と食を満たしている」
偉いのはヒツジなのに、何故か先生も一緒に誇らしげな顔をした。

「はい、おまち」
大将がビールを持ってきてくれたので、先生と私は乾杯し、お通しの生ラムのユッケを口に入れた。
「先生、美味いですね。これ」
「ヒツジは偶蹄目、ウシ科で、しっかりと処理をすれば生でも食べられる。ラム肉だから柔らかくてクセも少ない」
「そもそもラムって何ですか」
「ラムは生後12ヶ月までのヒツジ肉のこと、24ヶ月までをホゲット、それ以上をマトンと言うんだ」
「先生、本当にヒツジが好きなんですね」
お通しだけで1杯目のビールを飲み干した先生は、2杯目をお代わりした。
「先生、実は……」
「いや、分かっている。今日君が訪ねてきた理由は彼を探しているんだろう」
そう言って私の言葉を遮った。
「その前に少し私の話を聞いてほしいんだが」
先生はおもむろに話し始めた。

「君も気づいていたと思うんだけど、あのハイキングは私の実験でね」
先生は私の指導教官だった。専門は心理学で、大衆の行動心理について実験を繰り返していた。そして学生はその被験者としてよく駆り出されていた。

ある日、ゼミのみんなでハイキングに行く計画が持ち上がった。場所は電車で30分ほどのいわゆる初級者向けの山だった。とはいえ、登山経験はほぼ皆無のゼミメンバーだったため、先生の知り合いだという男性に先導をお願いすることになった。その男性のあごには立派なヒゲが蓄えられ、よく笑い、話も面白く、明るくて、活発的であった。

私はアウトドア派ではなかったので、ここが使いどころとばかりに、父からもらったスイス製アーミーナイフをリュックサックに忍ばせておいた。

しばらくその男性の先導で山道を登っていたのだが、急に道が途切れてしまった。ゼミのメンバーはどうしようか話をしようとしたところ、先導の男性は「こっち。」と言ってサッサと歩き出してしまった。ゼミメンバーは仕方なく先導の男性について行くことにした。

更に登っていくと、幅が2mくらいの沢があった。先導の男性はもう少し先に橋があるにもかかわらず、その沢をいきなり飛び越え、その先の登山道に行ってしまった。慌てたメンバーはその男性の後を追って次々に沢を飛び越えて行ったが、私は飛び越える寸前、このまま踏み切ってしまえば転んでしまうと思い、川の途中で水に足をつけてしまった。

私の後ろにはまだ女性メンバーもおり、どうせ足も濡れていることだし、仕方がないのでその女性メンバーを背負って沢を渡ることにした。私は背負っていたリュックサックをヒゲの男性に預け、女性メンバーを背負って渡った。
こうやって、少し強引な先導ではあったが、無事ハイキングを終え解散した。

ところが、先日職場の仲間でハイキングに行くことになり、卒業以来使っていなかったアーミーナイフを探したところ、どこにも見当たらない。学生時代のハイキングに持っていったきりだと気がついた。あの日は結局使わずじまいだったので、リュックサックからは出していないはずだった。唯一自分の管理下になかったのは、あのヒゲの男性に渡した時だけだった。今更ながら、あのヒゲの先導男性が怪しく思えてきた。

「君はあのヒゲの男を探しているんだろう。彼は八木君と言って、私の大学時代の友人なんだ。私の実験に協力してもらっていた」
先生は続けた。
「実はあのハイキングの日、ヒツジの行動心理が人間にも当てはまるのか実験していたんだ。ヒツジは群れで活動し、誰かに従って行動することで心理状態が安定する。君たちが八木君に従って行動したようにね」
確かにあの日のメンバーには主体性が欠けていたように思う。
「でも、それはヒツジの話ですよね」
「そう、でも人間の行動に応用できそうだと思って実験を試みた。結果は成功だ」
先生は少しうれしそうに続けた。
「羊飼いはヒツジの群れをコントロールするため、群れの中に一頭ヤギを入れるんだ。ヒツジは大人しく、従順な性格だけど、ヤギは好奇心旺盛で活発な性格だから、羊飼いはこのヤギをコントロールすれば、ヒツジの群れ全体をコントロールすることができる」
「それを聞くと恐ろしい実験ですね」
「私はあるところからの依頼で、この実験を実施したんだけど、この事は口外無用な」
なんだか余計な秘密を抱えてしまった。
「君たちには罪はない。迷える子羊だからね。キリスト教ではヒツジは信徒を表し、ヤギはキリスト教に敵対する悪魔の動物とされてきた」
「で、その八木さんは今、どちらに」
「居場所は知っているが、会わない方が良い。もしかして何か盗られたのか」
「はい。あの日父からもらったスイス製アーミーナイフをリュックサックに入れていたんですが、無くなっていることにこの間気がつきまして」
「そうか、彼は手癖が悪くてね。申し訳ない。君には迷惑をかけたね。これをとっておいてくれ」
そう言って先生は小さな封筒を渡してきた。
「近々職を変えることになったんだ。今より生活が良くなると思う。迷惑料だと思ってもらってくれ」
先生はそう言って会計を済ませ、店を出た。
「またどこかで会おう。その時はよろしく」
そう言って先生は駅に向かって歩いて行った。

それから数年後、宗教団体による詐欺事件が報じられた。その教祖に見覚えがあった。
「八木だ」
思わず口に出して言ってしまった。あのヒゲは間違いない。そして更に驚いた。
その教団幹部として、先生が逮捕されたのだ。
報道によると教団は言葉巧みに信者を勧誘し、集団心理を利用して寄付を集めていたらしい。逮捕された教団幹部は「ヒツジは悪くない」と意味不明のことを言っているそうだ。

(了)

<編集後記>
※このエッセイ「妄想生き物紀行」は、ポッドキャスト番組「妄想旅ラジオ」の第6回「ヒツジ」 と関連した内容です。ポッドキャストはインターネットのラジオ番組で、PCでもスマホでも無料でお聴きいただけます。妄想旅ラジオは、ぐっちーさん、ポチ子さん、たまさんの3名のパーソナリティーが毎回のテーマに沿って「生き物」「食べ物」「旅」について話す楽しいラジオ番組です。リンク先に聴き方も詳しく載っていますので、ぜひ合わせてお楽しみ下さい。

ぐっちー作「妄想生き物紀行」第6回「ヒツジ〜毛も肉も利用できる素晴らしい生き物ですが、利用方法を間違えると……いかがでしたでしょうか。

今回もお読みいただきありがとうございます、編集担当オーナー雨こと斎藤雨梟です。

こんにちは!

なんとなんと今回は、掌編小説仕立てでヒツジ(とヤギ)の性質を解説するという新機軸。SF(すこしふしぎ)ならぬSB(すこしぶきみ)テイストが面白いですね。「ヒツジが大好き」と言う人がいたら、しばらくは怪しい疑いの目で見てしまいそうな。

ヒツジというと一般には観光牧場や動物園のふれあいコーナーくらいでしか遭遇しない生き物というイメージかと思いますが、ぐっちーさんがお住いの北海道は羊の飼育頭数全国一、「ジンギスカン」も名物です。

そんなわけで、

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