シャチ〜シャチの個体識別と民間伝承の関係にワクワクします

「妄想旅ラジオ」ポッドキャスター ぐっちーが綴るもう1つのストーリー「妄想生き物紀行 第19回 シャチ〜シャチの個体識別と民間伝承の関係にワクワクします」

シャチは哺乳綱、鯨偶蹄目、マイルカ科、シャチ属の海生哺乳類である。妄想生き物紀行第16回で紹介したシカ同様、鯨偶蹄目である。シカの先祖を海へ誘ったものの断られ、一人海に出かけていったクジラの先祖であるパキケトゥス。このパキケトゥスの子孫である。(※)

シャチの学名はオルキヌス・オルカ(Orcinus orca)といい、ラテン語で冥界の(Orcinus)魔物(orca)を意味するそうである。なんとおどろおどろしい名前であろうか。英語名でもキラーホエール(killer whale)といって獰猛さがうかがえる。体長は7~8m、アザラシ、トド、イルカ、ウミガメ、魚類、鳥類などあらゆる生物が餌となっており、海の生態系の頂点に君臨する。当然海に出た人間も餌となったと思われ、こういったおどろおどろしい名前が付いたことは想像に難くない。

シャチの生態学的研究はアメリカ大陸の太平洋沿岸で盛んに行われてきた。1970年代にはカナダのブリティッシュコロンビア州バンクーバー島沿岸でシャチの個体識別を行い、その行動を観察している。シャチの背鰭には個体ごとに特徴があり、形や傷などで個体識別が可能である。これを元にシャチの名簿を作成した。

これらの行動観察からいくつかの生息パターンが判明している。1つめが定住(レジデント)型である。このタイプは沿岸に生息し、主に魚類を捕食する。母親を中心とした5~6頭の家族の群れを形成する。続いて2つめが回遊(トランシェント)型である。このタイプは2~6頭のグループを形成し、家族の絆は定住型ほど強くない。広い範囲を回遊しアザラシやイルカなどの海獣類を主食とする。最後に3つめの沖合(オフショア)型である。このタイプは陸地から離れた海域を20~70頭の群れで移動し、主に魚類を食べるが、アザラシなどの海獣類も食べると推定されている。

これらの行動パターンは個体識別が可能になって初めて明らかになった。これ以前ではシャチは魚類や海獣類を食べるといった大雑把な結論しか導き出せなかったが、タイプ別に食性が違うといったより細かな情報が得られるようになった。人間社会でも例えば携帯電話の基地局情報から、何割の人がテレワークに移行したかなど、より細かな情報が見える化されて、販売戦略や政策に利用されつつある。シャチの資源保護や政策に利用され、よりよい社会が形成されるなら良しとしなければならないが、プライバシー保護の観点からは少し気味が悪い。シャチも我々と同じ思いを抱いているかもしれない。

さて、シャチの行動を観察していたのは現代人だけではない。バンクーバー島にはネイティブアメリカンが定住し、海産物を捕獲して生活していた。彼らはシャチを長寿の神としても崇拝していたようだ。シャチの寿命は30年以上といわれるが、なぜネイティブアメリカンはその事を知っていたのか。おそらく個体識別を行っていたのではないかと推測されている。

バンクーバー島は北西から南東にかけて約450km、北東から南西にかけて約100kmの長細い形をしている。北東側にはアメリカ大陸があり、数kmから20kmの幅で隔てられ、島の南西側は太平洋、北東側は内湾となっている。このバンクーバー島を長軸方向で2分するように2つの部族が住んでいた。太平洋側にはヌチャヌルス族、内湾側にはクワクワカワク族である。

この2つの部族はともにシャチを神と崇めており、内湾側に住むクワクワカワク族では主に魚を捕獲し絶対にシャチを襲うことはなかった。内湾側に出現するシャチは定住型と推定され、同じ魚類を食料とする。定住型のシャチが魚を追う過程で、逃げる魚が陸に打ち上げられることがある。このことをクワクワカワク族の人たちは神様が魚を与えてくれたと考えていたかもしれない。

一方でヌチャヌルス族では捕鯨を行い、希にシャチを襲うことがあった。太平洋側では定住型と回遊型のシャチが出現する。回遊型は海獣類やイルカなどの鯨類を捕食し、ヌチャヌルス族と同じ食料を奪い合う関係である。ヌチャヌルス族では普通のシャチと特別なシャチがいると考えられていた。特別なシャチは陸に上がるとオオカミに姿を変えると信じられており、オオカミはヌチャヌルス族ではすべての動物の中で特別で偉大な存在として崇められていた。おそらくヌチャヌルス族が捕獲していたのは普通のシャチと思われるが、その違いが定住型と回遊型の違いであるかどうかは今のところ明確に示されていない。

このように民俗学的なシャチの区別と生態学的なシャチの区別が一致している可能性があり、興味深い例である。「ウチの猫は特別よ」と言っているマダムは、もしかしたらネコではない別の生き物を飼っている可能性も考慮せねばならない。

(by ぐっちー)

(※)編者注

「パキケトゥスがシカの先祖を海に誘った」とは、ぐっちーさんと話そう<16>に下の絵とともに登場した妄想話です。

シカの先祖を海に誘って断られるパキケトゥス(クジラの先祖)

シカの先祖を海に誘って断られるパキケトゥス(クジラの先祖)

<編集後記>

※このエッセイ「妄想生き物紀行」は、ポッドキャスト番組「妄想旅ラジオ」の第19回「シャチ と関連した内容です。ポッドキャストはインターネットのラジオ番組で、PCでもスマホでも無料でお聴きいただけます。妄想旅ラジオは、ぐっちーさん、ポチ子さん、たまさんの3名のパーソナリティーが毎回のテーマに沿って「生き物」「食べ物」「旅」について話す楽しいラジオ番組です。リンク先に聴き方も詳しく載っていますので、ぜひ合わせてお楽しみ下さい。

ぐっちー作「妄想生き物紀行」第19回「シャチ〜シャチの個体識別と民間伝承の関係にワクワクします」いかがでしたでしょうか。

今回もお読みいただきありがとうございます、編集担当オーナー雨こと斎藤雨梟です。

こんにちは!

今回は、なぬ!?「うちのネコは特別」と言ってる猫キチマダムとは私のことか? ネコではない別の生き物の可能性ですと? と思わず立ち上がりました。なーんだそうか、うちの宇宙一の美女(注:猫)は、世界一可愛い生物として知られる猫としてもいくら何でも可愛すぎるんじゃないかと思ってたけど、やっぱり猫ではなかったか。地球外生命体かしらん。

という話はさておき、シャチは面白いです。強く、賢く、時に人間社会を脅かす存在であることを古くから保ってきたところがすごいと思います。以前観たDVDで、シャチが魚群探知機を備えた漁船を追跡し、魚を先に取ってしまうという話が紹介されていました。まだこれから、知られざる生態が明らかになるかと思うと楽しみです。シャチのプライバシーを侵害しない範囲で、ぜひ調査を進めてほしいものです。

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