現地時間2017年12月29日、まもなくイギリスのヒースロー空港に着陸するためシートベルト着用サインが点灯した直後の機内は少し揺れている。私は手のひらに息子の吐瀉物を乗せて「Help!」と叫んでいた。妻と娘は1列後ろに座っていて身動きが取れない。エチケット袋を準備する暇さえ与えられなかった。キャビンアテンダントさんにエチケット袋を用意してもらい、なんとかそれを袋の中に納めることができたが、飛行機を降りてトイレに入るまで手を洗うことはかなわなかった。いつもトイレが近い10歳の息子には長時間の乗り継ぎは体に応えたのかもしれないが、今更引き返すわけにもいかない。
今回の旅の目的は私の妻の姉夫婦に会いに行くことである。義理の姉はワーキングホリデーでイギリスに渡り、そこで現地の方と知り合い、結婚して湖水地方に住んでいる。湖水地方はピーターラビットの舞台として知られ、グレートブリテン島のほぼ中央に位置する自然豊かな場所である。氷河期が終わると氷床で削られた大地に水がたまり、多くの湖が形成されたこの地域は国立公園に指定されている。このような風光明媚な場所で義理の兄は庭師として働いている。
我々はロンドンに朝5時に到着し、そのまま地下鉄に乗ってホテルへ向かった。ロンドンの地下鉄は聞いていたとおり天井が低く湾曲している。世界で最初に開通した地下鉄であるためトンネルが小さく、扉は湾曲した天井付近まで達している。ヒースロー空港からロンドン市内へ向かう間地上を走るのだが、当然のように雨が降っており、雨は天井まで開いたドアから車内に降り注いでいた。
ロンドンは北緯51度に位置し北海道よりも北にある。ところが、気温は東京よりもやや寒い程度で我々からすれば比較的暖かい。比較的暖かいといってもこれから我々が楽しみにしているロンドン中心部の年越しイベントに参加するにはやはり寒い。29日から31日にかけてロンドン観光をした後、年越しイベントを観て湖水地方に向かう予定である。息子の体調が気になっていたが、すっかり回復したようである。
トラファルガー広場ではストリートパフォーマンスを観て、ナショナルギャラリーではモネを観て、大英博物館ではロゼッタストーンを観て、大英自然史博物館では始祖鳥の化石を観て、ウエストミンスター寺院ではチャールズ・ダーウィンのお墓を観て、セントポール大聖堂ではテムズ川を眼下に観て、グリニッジ天文台ではかつての東経0度を観て、Harrodsでは偽物のジバニャンを見た。特に大英博物館ではロゼッタストーンの裏側を観察することができて、ノミの痕が強引に切り出して持ってきたことをうかがわせた。泥棒博物館と言われる所以である。
観光にはGoogle Mapが大活躍した。現地でSIMを購入し挿入した。今ならeSIMを選択すれば日本国内で使うSIMを外して紛失するリスクを回避できるのでお勧めである。おそらく多くの国では海外旅行前に日本国内で現地SIMを準備することができるはずである。Google Mapは24時間営業のバスも案内してくれた。このバス案内によって効率よく観光地を回ることができたし、2階建てバスの2階先頭に乗ることもできた。
テムズ川のほとりにロンドンアイという観覧車がある。この観覧車を中心にテムズ川の両岸で年越しイベントが開催された。12月31日の午後10時ごろからイベント会場で待機していたのだが、子供達は「パパ、トイレ」と言うこともなく 「早く帰りたい」と駄々をこねることもなく大人しく待っていた。子供達の成長を感じつつ、夕食時のビールのせいか私の方がトイレに行きたくなった。
年越しまであと10分というDJの声がした。待っている間に子供達には英語で10から1までを練習させていたので一緒にカウントダウンをした。ゼロを教えていなかったが無事新年を迎える。2018年になった瞬間、ビッグベンの鐘の音が12回鳴り響くと同時に12発の花火が打ちあがった。その後イカしたミュージックと一緒に花火が15分間ノンストップで咲き乱れ、火の粉がすぐ近くまで落ちてきて火薬のにおいが充満した。
あっという間の15分であった。花火が終わった後は会場の全員で蛍の光を大合唱する。蛍の光はもともとスコットランド民謡であり、特に年始、披露宴、誕生日などで歌われる。歌う時は両手をクロスさせて隣の人と手をつなぐのが習わしである。日本の蛍の光は明治14年に尋常小学校の唱歌として紹介されたのが始まりとされるが、それ以前からイギリス留学をした先人の間では話題になっていたはずである。もしかしたら伊藤博文も年越しイベントで蛍の光を歌いながら手をクロスさせてつないでいたかもしれない。よほど楽しかったのだろう。日本に帰ってからも忘れられず子供達の教材にしてしまったのである。気持ちはよくわかる。
さて、この後いよいよ湖水地方に向かうことになる。現地では古いコインを金属探知機を使って探したり、雨の中を町歩きしたり、みんなでボードゲームをしたり、姉夫婦の夫婦げんかを目撃したりと盛りだくさんなのだが、次回に譲りたい。
(by ぐっちー)
※このエッセイ「妄想生き物紀行」第65回はポッドキャスト番組「妄想旅ラジオ」第65回「ぐっちー家族旅・前編、ロンドンへ行く」と関連した内容です。ポッドキャストもお聴きになると一層お楽しみいただけますのでぜひどうぞ! ポッドキャストはインターネットのラジオ番組で、PCでもスマホでも無料でお聴きいただけます。旅ラジオ」は、ぐっちーさん、ポチ子さん、たまさんの3名のパーソナリティーが毎回のテーマに沿って「生き物」「食べ物」「旅」について話す楽しいラジオ番組です、詳しい聴き方などは「妄想旅ラジオ」のブログを。
ぐっちー作「妄想生き物紀行」第65回「ぐっちー家族旅1〜イギリスの年越しと伊藤博文と蛍の光」いかがでしたでしょうか。
今回もお読みいただきありがとうございます、編集担当・ホテル暴風雨オーナー雨こと斎藤雨梟です。
こんにちは!
今回は番外編、2017年末から2018年始にかけてのぐっちーさん一家のイギリス旅行のお話でした。あれから4年。自由に海外旅行ができたあの頃が遠い過去のよう……と海外などコロナ以前からずっと行っていない私でも感慨にふけってしまいます。さて今回のエッセイ、旅の非日常性と「家族の日々」的な日常性が緩急たっぷりに入り混じった臨場感がたまりません。
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— SAITO Ukyo (@ukyo_an) July 7, 2020
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