ニシツノメドリ〜ニシツノメドリはキツネ目の男だったのか

昭和59年から60年にかけて世間を恐怖に陥れた大事件があった。グリコ・森永事件である。当時私は小学生で、学校から「落ちているお菓子は食べるな」とか、「自動販売機に忘れられたジュースは飲むな」とか注意を受けた記憶がある。グリコ・森永事件は阪神地域を舞台にマスコミを巻き込んだ劇場型犯罪として有名である。私の住んでいた地域では江崎グリコの社長が拉致されるという事件が起こっており、鮮明に記憶している。

犯人は身代金を要求して、その受け渡し場所を何度も指定し直して、なかなか姿を見せなかった。捜査員が張り込む中、現場に現れた怪しい人物こそ「キツネ目の男」である。この人物が重要な参考人であると考えられていたが、警察の捜査方針で接触は禁止されており、何度か目撃されて似顔絵も公開された。

この事件は結局すべて時効を迎えてしまうのだが、いつまでもキツネ目の男の似顔絵は世に出回り、深く人々の記憶に刻まれていた。一方、私は成長するに従い、このキツネ目の男に似るようになってきた。自分では気づいていなかったが、私は目が細く、怖い印象を持たれていたようで、よくキツネ目の男と揶揄された。先述の通り私は事件当時小学生だったので無関係である。ただ、それだけ人々は疑心暗鬼におちいり、京阪神全体が浮き足立った状態だった。高校時代に聞いた話では、事件で青酸カリが使われたことから、市内の高校の理科の先生全員が事情聴取を受けたらしい。

ところで、今回の生き物はニシツノメドリだが、写真を見てわかるとおり目の周りの模様が特徴的である。目尻に一本の黒い線があり、目の上には上にとがった三角形の模様がある。角のような目をした鳥ということで、ツノメドリと名がついたと推測される。もし、40年前に命名されていたらキツネメドリと呼ばれていた可能性もある。私同様、見た目は少し厳ついが丸っこい体をして愛らしい姿をしている。生息地は北大西洋沿岸の比較的寒い地域に生息している。繁殖期以外は外洋で生活し、どこで何を食べているかは謎が多い。

ニシツノメドリを観察できるチャンスは繁殖期であり、繁殖に関する研究は比較的進んでいたようである。一方で、人目につかない繁殖期以外はどこで生活しているのか不明な点が多かった。ところが、それを解明する新たなツールが開発された。動物の体にセンサーを取り付けて行動を記録するバイオロギングという手法である。以前は鳥類に足輪をつけて次回観察されたときに位置情報を記録する方法が一般的であったが、その方法だと点でしか情報を得ることができなかった。しかし、バイオロギングを用いると例えば位置情報を記録するセンサーを足輪に取り付けて放ち、次回回収できればその間の行動記録がメモリに記憶されている。

他にも猛禽類の背中にカメラをつけて狩りの様子を観察したり、クジラの背中にカメラと深度計を取り付けてどの水深でイカを捕食するか確認したりと様々な動物の行動生態を解明しつつある。

このセンサーをニシツノメドリに取り付けて観察した研究がある。2014年の8月にアメリカ合衆国メーン州に飛来していたニシツノメドリにセンサーを取り付け、放ったところ2015年の春にそのニシツノメドリが帰ってきた。データを確認したら最初は約800㎞離れたカナダのセントローレンス湾で過ごし、その後1200㎞離れたマサチューセッツ州ケープコッドの沖320キロの外洋で過ごしたらしい。この間、陸地に上がることはなくニシンやタラなどの小魚を補食して生活していた。

近年では環境保全の気運が高まると同時にニシツノメドリの保護も重要視されるようになった。しかし、これらの海域はヒトにとっても好漁場である。ニシツノメドリが冬の間どこで生活しているのか不明だったときは、どの海域を保護していいかわからなかったが、今では主の生息域を中心に漁業規制を行い、技術の進歩によって鳥類と人類の共存が図られようとしている。

もし、現代においてグリコ・森永事件が起こったら、監視カメラなどのセンサーが駆使され、すぐに犯人は逮捕されるだろう。昭和60年だったからできた犯罪だったのかもしれない。もし犯人のキツネ目の男を捕まえられたのなら、センサーを取り付けて行動を監視し、あらぬ疑いをかけられた全国のキツネ目の男代表として一喝してやりたい。

(by ぐっちー)

※このエッセイ「妄想生き物紀行」第83回はポッドキャスト番組「妄想旅ラジオ」第83回「ニシツノメドリ」と関連した内容です。「妄想旅ラジオ」は、ぐっちーさん、ポチ子さん、たまさんの3名のパーソナリティーが毎回のテーマに沿って「生き物」「食べ物」「旅」について話す楽しいラジオ番組(ポッドキャスト)です。そちらもお聴きになると一層お楽しみいただけますのでぜひどうぞ! ポッドキャストはインターネットのラジオ番組で、PCでもスマホでも無料でお聴きいただけます。詳しい聴き方などは「妄想旅ラジオ」のブログを。

ぐっちー作「妄想生き物紀行」第83回「ニシツノメドリ〜ニシツノメドリはキツネ目の男だったのか」いかがでしたでしょうか。今回もお読みいただきありがとうございます、編集担当・ホテル暴風雨オーナー雨こと斎藤雨梟です。

こんにちは!

ニシツノメドリもキツネ目の男も、いざ全行動を追おうとすると案外難しそうだということがよくわかりました。どちらかというとキツネ目の男を監視する方が簡単そうです。ヒトの生態はわかっているし、飛ばないし。いや、そうなのかな?

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