ウミウシは非常に有名な生き物であるにもかかわらず、生きている状態を見たことがある人は少ないだろう。青、赤、緑、黄色、白、黒など色鮮やかな体色をし、見る者を魅了する不思議な生き物だが、水族館で見ることはほとんどできない。ウミウシの飼育は困難だからである。
ウミウシは偏食家で知られ、特定の動物しか食べない種類も多い。更に、卵から孵化した幼生は巻き貝のような殻を持ち、水中を浮遊して生息範囲を広げ、一定の大きさになると殻を脱いで着底生活に入る。このような生活史を持つウミウシを飼育するには、成体と幼体の両方の餌を用意しなければならないし、浮遊幼生が表面張力で水面に張り付いてしまわないような工夫が必要である。そのため、水族館などの陸上飼育は非常に難しいのである。
ウミウシの写真を検索するといろんな種類のウミウシを見ることができる。アオウミウシは青い体に白い縁取りと前後方向に白い線があり、前方には2本の触角がある。後方には透明なふさふさした尻尾のような突起が10本ほど生えているが、これは水中の酸素を取り込む鰓である。
紫色をした体に白い縁取りと黄色い鰓をしたシンデレラウミウシ。黄色い体に黒い触角と白黒の突起を有したウデフルツノザヤウミウシは別名ピカチュウウミウシと呼ばれている。薄い黄色の体に数本の突起があり、それぞれの突起を茶色い縞模様が何本も結ぶインターネットウミウシもいる。青い体から羽のように左右に突起があるアオミノウミウシはカツオノエボシという毒を持つクラゲを食べて、その毒を自身に取り込む。一言でウミウシと言っても様々な種類があり、多種多様である。
このようにウミウシには色鮮やかな種類が多いため海の宝石という異名を持つ。一方で、色鮮やかだと目立ってしまうため、他の生き物から食べられやすくなってしまう危険性がある。ところが、アオミノウミウシのように毒を持つ種類も多く、あえて存在をアピールすることで危険を知らせているというのが定説である。
人間界では近年、見た目で判断することはタブーとされてきている。いわゆるルッキズムとよばれる文脈では差別的な意味合いを含むが、ファッションと言えば差別的意味合いは霧消する。金のネックレスやドクロマークのエンブレムを身につけることで危険人物であることをアピールし、キャッチセールスや詐欺に声をかけられないようにすることは、ファッションを装ったルッキズムである。ルッキズムをタブーとするならばファッションもタブーとしなければならない。
ウミウシはこのタブーを犯している。ウミウシは多彩な模様を身にまとい、自己アピールを積極的に行っている一方で、毒の存在をにおわせている。中には毒を持たないウミウシも毒を持つ者と同類と見なされ、補食されないことをいいことに自由に動き回っている。夜の繁華街でパンチパーマ、金のネックレス、柄物のシャツ、ワニ皮のセカンドバック姿で歩けば、おそらくキャッチセールスからの声がけはなくなるだろう。もちろん、本職の方もおられると思うが、それ以外の方が変装していても、おそらく声をかけられないだろう。ファッションを装ったルッキズムには絶大な効果があると思う。スキー場で出会った男女が、後日地元で会ったときの感覚に似ているのである。
一方で、珊瑚礁などでは色鮮やかな方が目立たない場合もある。南方の海にはカラフルな魚やサンゴが多く、そこに紛れるには自分も色鮮やかな方が目立たない。仮装ハロウィンパーティーに普段着で参加したら浮くのと同じである。南国の海では毎日仮装パーティーが開催されていて、そのノリに付いていけなければ排除されてしまう。私は南国の海では生きていけないかもしれない。
ウミウシは時に派手を装ったり、毎日仮装パーティーに参加したりと、それぞれがその場に合った装いを身につけた結果生き残ったわけで、私のような陰気で皮肉屋にとってはとうてい生きていくことのできない世界である。私はウミウシに生まれないで良かったと胸をなで下ろしている。
(by ぐっちー)
※このエッセイ「妄想生き物紀行」第88回はポッドキャスト番組「妄想旅ラジオ」第88回「ウミウシ」と関連した内容です。「妄想旅ラジオ」は、ぐっちーさん、ポチ子さん、たまさんの3名のパーソナリティーが毎回のテーマに沿って「生き物」「食べ物」「旅」について話す楽しいラジオ番組(ポッドキャスト)です。そちらもお聴きになると一層お楽しみいただけますのでぜひどうぞ! ポッドキャストはインターネットのラジオ番組で、PCでもスマホでも無料でお聴きいただけます。詳しい聴き方などは「妄想旅ラジオ」のブログを。
ぐっちー作「妄想生き物紀行」第88回「ウミウシ〜ファッションを装ったルッキズムの必然」いかがでしたでしょうか。今回もお読みいただきありがとうございます、編集担当・ホテル暴風雨オーナー雨こと斎藤雨梟です。
こんにちは!
人間は外部からの情報のほとんどを視覚に頼っていると聞きますが、ウミウシなんかを見ていると、視覚重視は人間だけじゃないと思えてきます。「シンデレラウミウシ」や「ピカチュウウミウシ」は、ぜひ調べて写真を見てみてください。こじつけ感ゼロ、これ、見たまんまの名前だ! と驚くこと請け合いです。人間を見た目で判断するのはタブー視されるものの、洋服を見た目で判断するのはいまだ当然で、服は人間が身につけるためにあるので、ファッションの牙城はなかなか崩せなそうですね。そのうち、景色を見た目で判断するのがダメになって「絶景」が死語になったりしたら面白いなと思います。
Twiter改めX でぐっちーさんと話そう企画
与太話はさておき今回も、ぐっちーさんとみなさんと、X(旧Twitter)でお話したいと思います。ウミウシについて、パンチパーマについて、ファッションについて、などなどなんでもお話しましょう。与太話はさておきと書きましたが、与太話、大歓迎! 参加方法はX(旧Twitter)に書き込むだけ、なので初めての方も、ラジオお聴きのみなさまも、質問してみたい人はもちろんただお話してみたい人も、エッセイを読んでの感想、ぐっちーさんへの質問やツッコミなど、ぜひお気軽に。お待ちしています。
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— 斎藤雨梟@文学フリマ東京11/11【う-40】 (@ukyo_an) July 7, 2020
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