ヤドカリ〜ヤドカリ界では住む家がその住人を育てる

私はこれまで11回の引越しを経験している。今は自前の家を所有しているが、それまでは実家に住み、実家を離れてからは賃貸に住んでいた。住居についてはヤドカリよりも宿を借りているのではないかと自負している。実家を出て初めて借りた住居は6畳一間の貸間で、正にヤドカリであった。それからワンルーム、1K、1DK、2DKと徐々にランクアップしてゆき、現在は一軒家に住んでいる。ヤドカリも自身の成長に合わせて住み替えを重ねて大きくなるのと同様であるが、ヤドカリ界には家賃は存在しない。

昨年は長女が進学のため東京に引越しをしたが、その際の住居探しには多少苦労した。大学キャンパスから30分以内の移動時間で、付近の治安が良くて、あまり小さすぎず、セキュリティ対策が取られていて、家賃も高すぎない。そんな都合のいい物件が遠く離れた北海道の地から簡単に探すことができるとは到底思えないので、大学が斡旋する学生寮に申し込んだ。

学生寮と言っても大学が提携しているというだけで、私が通っていた大学の学生寮とは似ても似つかない奇麗な学生寮である。その寮には管理人が常駐し、希望すれば食事も提供されるゴージャスでセキュリティも万全。つまり、一般の賃貸物件よりも割高な寮費を支払うことになってしまったのだ。

いきなり都会に出てきた田舎娘のセキュリティと家具や家電を買わなくても即入居できるメリットを優先し、高額な寮費を1年間支払ってきたが、この4月から娘は寮を出て一人暮らしをすることになった。1年たって環境にも慣れてきたし、何より家賃を抑えなければならない。ということで、再び賃貸物件探しをしなければならなくなった。

ヤドカリよりも宿を借りている私でも、東京の賃貸には全くの素人である。まずは娘の希望する沿線と駅をピックアップしてもらい、不動産サイトで家賃の相場を調べてみる。そして、気に入った物件があったら内見をして契約という流れが人間界では一般的である。ところが、ヤドカリ界には不動産屋はない。そもそも、ヤドカリ界の家は動産である。

もし、ヤドカリ界で賃貸物件の仲介業を開業したら絶対もうかるだろう。ヤドカリの物件探し事情は何といっても自分の足で空き家をひたすら探すことだ。そもそも物件は全て事故物件であり、巻貝が死んだ後の残置物である。仲介業者による告知義務もない。空き家を見つけたとしても、もちろん今の住まいよりも小さくてはダメだし、大きすぎてもダメで、ちょうどいい大きさを探し当てるには相当苦労しているのではないかと推測される。そんなヤドカリのために付近から様々な大きさの貝殻を集めて置いてやると、大人気間違いなしである。

つまりヤドカリが生息できる場所というのは、その宿の提供者である巻貝の生息が保証されるような場所でなくてはならない。巻貝の餌が豊富である必要があり、豊かな生態系が保たれている場所でないとヤドカリは生活できないのである。ヤドカリが生息できる場所は一種の環境指標になりうるのである。

また、ヤドカリは成長に伴い家を変える必要があり、より大きな家が見つからなかった場合は自身の成長を止めてしまう。成長できなかった場合、小型のまま成熟し、抱卵数も少ないまま繁殖に参加せざるを得ず、ヤドカリ界にとっては繁殖力の低下につながってしまう。人間界では収入の増加や家族構成に伴って家のグレードを変化させるが、ヤドカリ界では家の大きさに依存するのである。

このことは、言い換えれば少しずつ大きな家を用意してやればどんどん大きくなっていくことを意味するのではないだろうか。これから娘の宿替えを控える親としては家賃が気になるところではあるが、娘のさらなる飛躍を願って多少の無理を聞いてやらなければならないかもしれない。あくまで多少ではあるが。

(by ぐっちー)

※このエッセイ「妄想生き物紀行」第92回はポッドキャスト番組「妄想旅ラジオ」第92回「ヤドカリ」と関連した内容です。「妄想旅ラジオ」は、ぐっちーさん、ポチ子さん、たまさんの3名のパーソナリティーが毎回のテーマに沿って「生き物」「食べ物」「旅」について話す楽しいラジオ番組(ポッドキャスト)です。そちらもお聴きになると一層お楽しみいただけますのでぜひどうぞ! ポッドキャストはインターネットのラジオ番組で、PCでもスマホでも無料でお聴きいただけます。詳しい聴き方などは「妄想旅ラジオ」のブログを。

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金魚は棲む場所(人が飼育する場合、水槽)の大きさで体の大きさが決まってしまうと聞いたことがあります。ヤドカリも、大きな家さえどんどん供給されればどんどん大きく……なるんでしょうか? 気になりますね。そんな時は、

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