ナナフシ〜羽のないナナフシも水中のコイも空を飛ぶ

ナナフシは、節足動物門昆虫綱ナナフシ目に属する昆虫の総称である。世界には2,500種程度いるとされ、そのうち日本には15種が生息する。一般に日本におけるナナフシといえばナナフシモドキのことを指し、ナナフシなのかそうじゃないのか突っ込みたくなる命名である。以前、妄想生き物紀行第10回 「ダイオウイカ」で紹介したホタルイカモドキ科のホタルイカのように、偽物の方が有名になってしまうパターンかもしれない。

世界的に分布するナナフシの多くが単為生殖を行う。つまり、メスだけで増えることができるのである。ナナフシは羽を持たない種類が多いにもかかわらず、世界的に分布する。ナナフシの卵は固い殻を持つため鳥類などに捕食された際に消化されず排出される可能性が高い。ここである仮説が生まれた。ナナフシは鳥に食べられることで分布域を拡大させているのではないか。

この仮説を立証する上で重要な研究結果が発表された。2018年に神戸大学の研究チームが発表した「ナナフシは鳥に食べられて子孫を拡散させる!?」というプレスリリースによると、ナナフシの卵をヒヨドリに与えて、その糞からナナフシの卵を取り出したら5~20%の卵が無傷だったと報告している。さらに取り出した卵から実際に孵化が起こることも確認している。つまり、移動力に乏しいナナフシは鳥の補食により生息域を拡大しているという可能性が示唆された。ナナフシは一度も陸地と接したことのない海洋島でも生息が確認されていることから、この仮説の信頼性が高まったと考えられる。そしてこのプレスリリースには「共通の遺伝子を持ったナナフシが、鳥の渡りのルートに一致して現れるか」等についても検討したいと結んでいる。

このプレスリリースから5年後の2023年には「飛べない昆虫「ナナフシ」の長距離分散の痕跡を遺伝解析で発見」というリリースを発表し、その後の研究成果が示された。研究チームは全国から採取したナナフシのDNAを調べ、それらがどのくらい違うかについて調査した結果、ほとんど変わらないという結論に至った。中には683km離れた地点で採集されたナナフシが全く同じDNAの塩基配列を持っていたことを報告し、鳥による生息域拡大を強く示唆する内容だと考察した。

ここで少し疑問がわいてきた。ナナフシは植物の枝に擬態し、できるだけ鳥などの外敵から見つからないように進化してきたはずなのに、食べられることによって生息域を拡大しているメリットも受けている。成熟した卵を持つようになると体色が派手になって、見つかりやすくなった方が繁栄するのではないかということである。そのうち、2,500種もいるナナフシの仲間から派手なナナフシが出てきてもおかしくはない。今のところ自身の生命維持が優位に働いているかもしれないが、いずれ花が咲くように卵が成熟すると体色も鮮やかになれば見つかりやすく食べられやすくなるかもしれない。

実は鳥に卵を運んでもらう動物はナナフシだけではなかったのである。アメリカ科学アカデミーに掲載された論文によると、コイ科の魚の卵をカモに食べさせた後、糞から生きた卵を回収し、孵化まで成功させたと報告している。孵化率は0.2%と少ないが、カモは大量の卵を食べるため低確率でも十分生息域拡大に寄与しているとの結論だった。仮に千個の卵を食べたとすると、2個の卵が孵化する計算である。100羽のカモが集団で移動すると仮定すると200個体が移動可能である。カモは水辺を移動するので糞も水辺に落下する可能性が高く、100回に1回水面に落ちたとしたら2個体は孵化できる。コイの空中移動の可能性を十分感じられる数字である。

我々が当たり前に思っている動物による植物の種輸送も、種子植物出現以前は存在しなかったが、その手法を持つ植物が繁栄したからこそ当たり前になった。何万年、何億年後の地球上では「私を食べて!」とアピールする生物がそこかしこに出現しているかもしれない。タイムマシンがあったら是非見てみたいものである。

(by ぐっちー)

※このエッセイ「妄想生き物紀行」第96回はポッドキャスト番組「妄想旅ラジオ」第96回「ナナフシ」と関連した内容です。「妄想旅ラジオ」は、ぐっちーさん、ポチ子さん、たまさんの3名のパーソナリティーが毎回のテーマに沿って「生き物」「食べ物」「旅」について話す楽しいラジオ番組(ポッドキャスト)です。そちらもお聴きになると一層お楽しみいただけますのでぜひどうぞ! ポッドキャストはインターネットのラジオ番組で、PCでもスマホでも無料でお聴きいただけます。詳しい聴き方などは「妄想旅ラジオ」のブログを。

ぐっちー作「妄想生き物紀行」第96回「ナナフシ〜羽のないナナフシも水中のコイも空を飛ぶ」いかがでしたでしょうか。今回もお読みいただきありがとうございます、編集担当・ホテル暴風雨オーナー雨こと斎藤雨梟です。

こんにちは!

今回はみんな大好きナナフシの登場です。
見るとラッキー、みたいな虫ではないでしょうか、ナナフシ。
「子孫を残すために鳥に食べられる戦略」と聞くと特攻じみた悲劇的な印象があって、ナナフシのマイペースなイメージが崩れる気が私はするのですが、みなさんどうでしょうか?
とはいえ、「他の生物に食べられる」というのは自然界ではありふれた最後なので、それを有効に活かすのは賢いのかもしれません。

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