夜風も涼しくなってすっかり季節は秋、この週末は虫の鳴き声をBGMに、低く明るい中秋の名月を近所の公園で子どもと一緒に眺めることができた。
などと書くといい感じだが、体力も体重も増加しさらにパワーアップしている子どもをひたすら追いかけ回す事になる週末のハードワークにはさらに磨きがかかっている。
追いかけるだけならまだしも、外出先の車の中で爆睡されてしまった時など、抱っこで家まで連れ帰るのはもはや完全に筋トレのレベルである。
身体の成長ももちろんだが、遊びの中での行動や言葉も急成長していることを実感することが多い。ここしばらくで驚いたこともいくつかあった。
「あ、あそこに海の怪獣がいる!一緒に火の玉を撃って!」
「ダメだよ、効かない!」
「どうしたらいいかな?」
「そうだ、虫歯のばい菌を投げよう!」
「え?!虫歯のばい菌を?わ、わかった。これで怪獣は虫歯になっちゃうね」
「せーのっ!ドーン!ドーンっ!」
しばらく何も言わずに神妙な表情を浮かべている子どもに顔を向けると、思いもよらぬ言葉が返ってきた。
「ダメだよ・・・もっと深刻だ!」
深刻?!どこで覚えたのか全くわからないが、まさかそんな言葉が息子から出てくるとは思っていなかった。4歳児の深刻さがどの程度なのかは計りかねるが、海の怪獣はかなりの強者らしい。そしてばい菌が虫歯の原因になることもしっかり理解し、それを怪獣と戦う武器として利用しようとするなど、ちょっと前までは考えられないことである。
定番の鬼ごっこやかくれんぼをはじめ、外での遊びにもバリエーションが増えてきた。よく行く近所の公園には子どもたちがお店やさんごっこなどをする屋根のついたベンチのようなところがあり、ひとしきり滑り台やブランコなどを一巡した後、そこに座れと呼び込まれて小さなベンチにふたりで並んで座ったのだが、その時に言われた言葉に思わず固まった。
「何か御用ですかあー?」
自分で呼んでおきながらどうして急にそんなに他人行儀になるのかわからないが、どうやらお店の中の人になりきっているらしい。
こうした「ごっこ遊び」の進化にも著しいものがある。ごっこ遊び=模倣がスタートした時期にも書いたことがあったかと思うが、ごっこ遊びをするためには環境的なインプットが必須であり、そのディティールのどの部分に興味を持ち、どこまで自分の中で再現できるかは、その子どもの認知能力や想像力によって様々である。表現の仕方は色々だが、つまりは子どもが日常的に置かれている環境が「ごっこ遊び」にも強く反映されるということでもあり、子どもの遊びの様子を見ていると普段の生活でどのような環境に置かれているのかがある程度想像できると言っても良いかもしれない。
自分はあまり積極的に子どもに音楽を聴かせたり楽器に触らせたりしようと思ったことはないが、父親が音楽を仕事にしていることには当然気がついており、時折仕事部屋に入ってきてはギターを叩いたりデスクに座って打ち込み用のキーボードを触らせろと言ってくることがある。
先日のバースデーライブは配信でその模様を遊びながら見ていたらしいが、その後ファンの方から頂いたアコースティックギターの形をした団扇を渡してみたところ、それが気に入ったらしく抱えながら謎の歌をうたい始めたことがあった。
「れーろれろれろっ!れーろれろれろっ!れーろー」
そしてひとしきり歌い終えると、息子はこう言い放った。
「ありがとうございましたーっ!!」
肝心の音楽の部分は「れーろれろ」であるにも関わらず、締めの挨拶をコピーされているとは思っていなかったのでこれには驚いた。子どもは大人の行動を実によく観察しているのである。
大人にとっては締めの挨拶はごく当たり前のものであり、誰もがいう決め台詞のようなものとしての認識だと思うが、子どもにとってはそれが模倣するに足る興味深く心に響くものだったのだろう。やはりうっかり変なことは言えないなあ、と思う今日この頃である。
(by 黒沢秀樹)