「正解はーっ・・・・甘えんぼうですっ!」

今年に入ってから、自分はライブなどの表立ったアーティスト活動をお休みして、しばらくは子ども、そして自分自身と家族を優先して過ごすと決めた。それから約3ヶ月、ちょっとは余裕が生まれるかと思いきや、以前にも増して慌ただしくあっという間に時間が過ぎていく気がしている。
仕事に関わることや新しいチャレンジは可能な限りリモートに絞っているけれど、そんな中、久しぶりにこの育児ノートの書籍化の打ち合わせや、いくつか別の案件でも人と直接会って話すタイミングを作ることができた。
コロナ禍でずいぶん会っていなかったけれど、オンラインでのやりとりがあったおかげかそんなにご無沙汰している感じがしないのは不思議だ。
しかし、やはり実際に会うことで得られる情報量はかなり違う。そこにはなんというか、歯車が無理なく動くために必要な「適度なすきま」のようなものがあって、その人の話す言葉を身体で感じること、会う場所の雰囲気や、そこに行くまでの移動行程などを含めてひとつの経験であり、当然自宅のモニターで完結するコミュニケーションとは異なる。端的に言えば効率は悪いが、逆にその分自分にとっての価値は高いのだ。
コロナ禍を経て、それまで当たり前だった人と会って話すことの価値が、いかに大きなものだったのかをあらためて感じている。

小さな子どもと過ごす時間をひと言で表すなら、まさにこれと同じことなんじゃないか、と思う。
育児というのは未知数の時間と労力が必要なクリエイティブな作業であり、それは今の時代に求められている数字や効率とは真逆の世界にあるものだ。しかし、その結果は必ず目に見えてわかる形になると自分は信じている。

たとえば少し前に、息子にとって「赤ちゃん」がNGワードであるという話を書いたが、今はさらにその先がある。先週のある日の朝ごはんのことである。
残すところあと3ヶ月ちょっとで5歳を迎える息子は、もう洋服は自分で着替えられるし、食事もフォークやスプーン、子供用のお箸を使って食べられる。にもかかわらず、時々やたらに甘えるようになってきた。

「こっちじゃない、いちご。スプーンでいちご食べさせてえ」

「あれ?一人で食べられるよね、もしかして赤ちゃんなの?」

「ちがうーっ!赤ちゃんじゃないっ!赤ちゃんって言うのは許さない!」

「許さないって。。。だって自分でできないのは赤ちゃんなんじゃない?」

「赤ちゃんは禁止!!」

「え?じゃあ何?ただの甘えんぼうってこと?」

「そうです!正解はーっ・・・・甘えんぼうですっ!」

そのあまりに素直な開き直りに全身の力が抜けたが、それならば仕方がない。甘えるのは子どもの大切な仕事であり、必要不可欠なものだ。
感心したのは自分が「甘えんぼうモード」であることを自覚していることだ。
子どもは今、このタイミングなら養育者に甘えても良いし、甘えたいと自分で判断してわがままを言っているのである。もちろんこちらにも都合があるのでその全てを受け入れる訳にはいかないが、養育者にとっても「甘やかしモード」になれるタイミングがあることは大切だと思っている。そんな余裕が全くなかったら子どもはそれを敏感に感じ取り、きっと甘えることを自粛し、それは良くないことだと思い込んでしまうだろう。そして養育者自身も、そんな自分にがっかりして誰も知らない遠い国に行ってしまいたくなる、という悪循環が生まれる可能性は大いにある。
自分でできることをしてあげるというのは、一見無駄の塊のように思うかもしれないが、この積み重ねが子どもの物事の考え方、捉え方に大きく影響を与えるのではないかと思う。
たとえば、単純にお風呂に入れて寝かしつけをする、というだけでも、息子には現在独自のルーティンがある。これを細かい作業に分けて書き出してみると、自分にとってはなかなかの大仕事であることがわかった。

1:早脱ぎ競争に誘い、服を脱ぐ。(必ず息子が勝つことになっている)
2:体を流してからお風呂に入りおもちゃで戦う。(お湯の温度に敏感、戦いはたまに負けつつも必ず息子が勝つことになっている)
3:全身を洗ってシャワーで流してから上がる(シャワーの温度にも敏感)
4:バスタオルでざっくり拭く。(その後全裸で走り出すのでどうにか捕まえる)
5:保湿剤や処方薬を肌に塗る。
6:下着とパジャマを着る。
7:髪をドライヤーで乾かす。
8:長いゼリー(細い棒状のスティックタイプのもの、最近は丸いゼリーもオプションでつく。その場合ギザギザのスプーンが必須)を食べる。
9:ヤクルトを飲む。(蓋は自分ではがすが、はがしやすいように端を上げておく)
10:寝室に行って歯を磨く。(遭難した布団の中から救出するミッションがその前にある)
11:キシリトールのタブレットをもらう。(いちご味かぶどう味かを確認)
12:絵本やおもちゃのカタログを読む。(最低2冊)
13:新鮮な水(新しくコップに用意したものをそう呼ぶ)を飲む。
14:大きい電気(天井のライト)を消し、小さい電気(ベッドサイドのランプ)をつける。

まるで海外のビッグアーティストの契約書のようだが、あまり手のかからない方だと思う自分の息子でさえ、個人的な解釈では14もの行程を経てようやく眠りにつくわけで、そのほとんどは非効率を絵に描いたようなものばかりだ。こんなことを忙しく働きながら日々こなしている子育て中の方々は本当にすごい、というかもはや超人レベルだとさえ思う。

そこで思うことは、大人だって、もっと甘えていいはずだ、ということである。大人だって甘えたい時はある。それを自分でどうにかできるのが大人であり、自分ではできないのが子どもだと自分は思っている。
大人はできる範囲でしっかり自分を甘やかして、子どもを甘やかせるすきまをキープしておくことが理想だが、最近はほとんどの大人にはそんなことができる余裕がなくなっているような気がする。理想論かもしれないが、子どもを育てる養育者は、まずは自分で自分を充分甘やかし、それを子どもにフィードバックするくらいでちょうどいいんじゃないかと思っている。そんなわけで、ひとまずお菓子でも食べてみようと思う。

(by 黒沢秀樹)

『できれば楽しく育てたい』黒沢秀樹・著 おおくぼひでたか・イラスト

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※編集部より:全部のおたよりを黒沢秀樹さんが読んでいらっしゃいます。連載のご感想、黒沢さんへの応援メッセージなど何でもお寄せください。<コメントフォーム
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