食パン進化ノ図 進化の末異なる樹に同じ実を結ぶことあり

異樹同実

という故事成語がある。異なる土地で異なる進化を遂げたまったく違う種類の樹に、不思議なことにそっくり似た実がなるという意味で、違った経緯を経て同じところへ辿り着くことを指す。

というのはもちろん大嘘で私が今考えたのだ。

4月1日に何も嘘をつかなかったので今ついてみた。4月1日といえば新元号発表、千数百年の伝統を破り、元号を中国の故事から取らなかったということにインスパイアされたのである(これも嘘)。あと、4月1日で当ホテル暴風雨は3周年を迎えた。みなさんどうもありがとうございます(これは本当)

さて、虫擬態ファッションについて書いた前回といい

ファッションの流行には意識的なものとそうでないものがあり、後者が「擬態」を生むという理論的な話……ではない。

クレーン謙さんとクレーン謙二さんについて書いた前々回といい

うちの近所に住む「あの人」のそっくりさんとすれ違いつつ考えたこと。似ているんです、本当に。

「似ているもの」のことばかり書いた。私は何かと何かが似ているという状態に並々ならぬ興味があるようなのだ。

それも、人間同士なら血縁関係があるなどのわかりやすい理由で似ているより、脈絡なく似ている方が面白い。そっくりに似ているのも面白いが、「目に明らかな共通点などないに等しいのに似ている」パターンもいい。

雲つくようなむくつけき大男と、柳の枝のように華奢な美少女がよくよく見るとなんだか似ている、などの例はかなり好みだ。

人間同士じゃない(人間とそれ以外、またはモノとモノ)ほうが、どこから伏兵が現れるかわからない意外性があり、さらにいい。

食事をしに入った洒落たカフェレストランのランプシェードが何かに似ている似ていると思ったら、実家にある魔法瓶にソックリだ、とかそういうやつが大好物である。

まとめていうと、「まったく異なる進化の道程を歩んでいながらなぜかよく似てしまったもの」が面白いと思う。つまりいわゆる異樹同実である。さっき考えた嘘故事だが表現したい内容はそういうことだ。

食パンの進化

ここしばらくの間で最も味わい深く面白いなあと感じた「似たモノ同士」は、食パンと食パンの袋の口を止めておくアレだ。

何を言ってるんだこいつは、と思っただろうか。

食パンは説明不要だろう。よくトーストして食べるあのプレーンな四角いパンのことだ。

食パンの袋の口を止めておくアレとは、袋入りの食パンを買うとついてくる、開封済みの袋の口を止めるための、プラスチック製の簡易クリップみたいなやつ。正式名称は「バッグクロージャー」というらしい。それ単体で市販もされている。

Amazonで見る

100個入りってどうなんだとも思うが、ケーブル類の整理にもいいと書いてある。なるほど。

それはさておき、まだ「何を言ってるんだこいつは」は解除されていないことと思う。まあ気を落ち着けて聞いてほしい。

うちにはホームベーカリーがあり、よく朝食用に食パンを焼くのだが、ホームベーカリーで焼いたパンの底には、穴が開いている。なぜならば、パンを作るための四角いケースの底には、パン生地をこねるための羽根(旧式の換気扇や扇風機の羽根に似たプロペラ様のもの)がついているからだ。生地をこねる、成形する、焼く、を自動でやってくれるので、焼くときにも当然、羽根はケースの底についたままだ。よって焼き上がったパンをケースから出すと、羽根を抜き取ったあとに空洞ができている。(<fig 1>の上の図参照)

そしてパンをスライスすると、中央に近いあたり、6枚切りにすれば3枚目と4枚目くらいのパンの下部に大きく穴が開く。その穴の開いたパンが、食パンの袋の口を止めるアレにそっくりなのである。(<fig 1>の下の図参照)

実際見比べてしまうとそれほど似ていないかもしれない。だが、穴開き食パントーストを単独で見ると驚くほど似ているのだ。

これはもしや、現在進化の途上にある食パンの行く末を示唆しているのではないか、と私は考えた。

今では(少なくとも大筋では)疑う者のいないダーウィンの進化論は、当初かなり抵抗を受けたと聞く。宗教上の理由などもあるが、科学的な立場からも、「進化している途中の生物の化石が見つからないから証拠がない」という意見もあったという。だが、化石などというのは、偶然好条件に好条件が重なって初めてできるもので、様々な場所と時代の生物の化石が満遍なく残っているわけではない。化石がない=そういう生物がいなかった とは結論できないらしい。

しかし、進化の途上を見てみたくはないだろうか。

その貴重な「進化の途上」を今私は目にしているのではないか?そんな気にさせてくれるのがホームベーカリーで焼いた穴の開いた食パンなのだ。

つまり、こういうことだ。

つまり、食パンの進化の道のその先にあるものと、食パンの袋の口を止めるアレとが似ているのではないかということだ。いわゆる嘘故事の「異樹同実」の変種である。

「食パンが食パンの袋の口を止めるアレに似てる」って面白すぎやしないだろうか。食パンで食パンの袋の口を止められる未来がやってくるかもしれないと思うとわくわくする。自給自足か。むしろ血で血を洗うみたいな感じか。どっちにしても、いい。いつそうなるかはわからないが、食パンの世代交代は生物のそれよりはだいぶ速いだろう。あと元号が2〜3回変わる頃だろうか。


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