佐野洋子さんのこと、とりとめなく…(前半)

まだ学生の頃だったと思う。不思議なラジオドラマを聴いた。相性が完璧であったゆえにこの世にいられなくなり、海に飛び込んで鯨になった男女の話。波の音に乗せて語られるその奇妙な愛の物語に、わけもなく惹かれるものを感じ、作者の名前を心に留めた。――さのようこ。

図書館に行った。当時は利用者用の検索端末などなかった。日本文学のさ行の棚を見ていくと「佐野洋」があった。「さのようこ」はなかった。本は出していないのか? 同じフロアにある絵本コーナーを探してみることなど思いもよらなかった。ラジオドラマのテイストは子ども向けには程遠かったし、当時ぼくは絵本を読まなかった。

何年かして絵本に興味を持ち始めたぼくは「佐野洋子」を知った。自然のなりゆきだった。最も著名な絵本作家の一人だから。

絵本「100万回生きたねこ」 佐野洋子 講談社

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佐野さん初期の絵本に『100万回生きたねこ』がある。並外れたロングセラーだが、タイトルをよく間違えられることでも並みの絵本をよせつけない。『100万回死んだねこ』だと思っている人に何度会ったことか。一番好きな絵本なんです、と言いながら間違えている人さえいた。
初版では「死んだねこ」だったのに何らかの配慮で「生きたねこ」に改められたという怪説も流れていて、それを信じこんでいる人もいるようだが、たぶんそういう事実はない。当時の雑誌に載った新刊紹介を見ても『100万回生きたねこ』となっているから。出版前に「死んだねこ」だったということなら、ありえるかもしれない。佐野さんは「死んだねこ」とつけていたが、編集者と相談の結果「生きたねこ」に変更したとか。まあ、そんなことは関係者でもなければわからない。

ぼくは佐野さんの絵本や童話をいろいろ読んだ。『うまれてきた子ども』『ふつうのくま』『おれはねこだぜ』『あのひの音だよ、おばあちゃん』。
どれもいい本だった。かわいいだけの絵本やお説教くさい童話とは一万光年も離れたところに輝いていた。その銀河のどこかに、鯨になった男女の話がひっそり青い光を放っていそうな気配は確かにあった。だが、おそらくはまだ時が満ちていなかったのだろう、見つけだすことはできなかった。(つづく)

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