お願いします、と礼をして、また将棋を指した。組み合わせは同じ、トモアキ対カズオ、アサ子対トオルだ。
初心者はあまり考えないのでそれほど時間はかからない。アサ子トオル戦は十分ほどで終わった。教わった通り、アサ子は、負けました、と弟に頭を下げた。
「将棋は自分と相手が一手ずつ指すんだよ」
と、シュウイチが言った。
「わかってます」
トオルに連敗したせいで、アサ子の声はややとがっている。
「一手ずつ指すってことは二手続けては指せないってことだよね?」
わかりきった質問をするシュウイチの顔をアサ子はじろりと見た。
アサ子の気の強さには大学生のシュウイチも苦笑いだ。
「怒らない怒らない。ぼくが言いたいのはね、自分の手だけじゃなくて、相手の手も考えなきゃいけないってことなんだ」
シュウイチは両手を使い、盤の上のコマをさっさっと動かした。コマの並びが流れるように変わっていく。
「きみはさっきここでこうやったよね?」
アサ子はびっくりした。盤面は今トオルとやった将棋のとちゅう、アサ子が桂で角とりをかけた局面にもどっている。
「ぜんぶ覚えてるんですか?」
「見てたからね」
当然のようにシュウイチは言って、
「きみは角をとりたくて桂を打った。そうだね?」
「はい」
「で、とれた?」
アサ子は首をふった。そう、トオルの角はアサ子の香をとりながら馬に成って、逃げてしまったのだ。
「それが二手続けては指せないってことの意味なんだ」
あ、そうか――。
今度はアサ子にも少しわかったような気がした。王手をかければ相手は逃げる。だまって王をとらせてくれるはずはない。角とりでも金とりでも同じだ。うっかりすれば別だが、気がつけばだれだって守る。
――――続く
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