将棋ストーリー「王の腹から銀を打て」第32回

「チェスクロックか。あれは慣れといた方がいいな」
と、シュウイチは言った。
「使い方、難しいんですか?」
「いや、使い方は簡単すぎるほど簡単。ただ、慣れてないと将棋に夢中で押し忘れるんだ」

将棋に持時間をつけるのは、考える時間を平等にするためだ。三十分なら三十分、一時間なら一時間、あらかじめ決められた時間が双方に与えられ、考えた分だけ、そこから減っていく。持時間がなくなった場合は、二通りルールがあって、その場で負けになるか、あるいは秒読みといって三十秒以内に指さなければならなくなる。

シュウイチはトモアキたちの練習用に、大学の将棋部のチェスクロックを借りてきてくれた。
使い方は本当に簡単だった。最初に二つの時計を持時間に合わせる。あとは盤の横に置いて一手指すごとに二つついているボタンのうち自分に近い方を押すのだ。ボタンを押されていないとき、つまり自分の手番のときだけ時計が動くから、持時間いっぱいまで考えると針が十二時のところに来て時間切れとなる。
指すのが早いジュンやトオルはいいが、よく考えるトモアキやカズオは時間切れに注意しなければならない。

実際に使い始めてみると、トモアキはすぐチェスクロックが好きになった。チェスクロックを使っていると、いかにも大会にそなえている感じがするからだ。気持ちが燃えてくる。
気持ちが燃えてくる理由はほかにもあった。
二学期が始まってから一つニュースがあったのだ。シュウイチがカズオに見せた将棋雑誌にそれはのっていた。夏休みにデパートで行なわれた将棋祭りで「小学生将棋団体戦」というのがあり、その優勝チームが、ほかでもない、と金倶楽部だった。

「なるほど強敵らしいね」
シュウイチの言葉に、アサ子がきっぱり答えた。
「ライバルは弱いより強い方がいいですから」

このニュースがトモアキたちの熱意に油をそそいだのはまちがいない。敵が強いなら、自分たちはもっと強くなるしかないのだ。

そして九月下旬にもう一つのニュース、待ちに待った知らせがやってきた。第二回こども将棋大会の正式通知だ。

――――続く

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